それらすべてが愛になる
 スペイン坂を抜けてしばらく歩くと、トレビの泉が見えてきた。

 ここが見えたときは感動して、ものすごくはしゃいでしまったことを覚えている。

 たくさんのツアー客の団体、噴水の縁に座って自撮りをする人たちがひしめいていて、その人の多さと騒がしさに、清流はしばし圧倒された。

 肩を寄せ合う男女の横に空いた一人分のスペースに座る。

 以前と変わらない光景なのに自分だけが変わってしまったようで、何だか急に現実感がないような心許なさが迫ってきた。

 前はここで、コインを一枚投げ入れて、そして言い伝え通りまたここに戻ってきた。

 (でも、こんな形で戻ってきたかったわけじゃなかった…)

 もしやり直せるとしたらどこからだろうと考える。
 けれど記憶を遡ろうとすると、もしかしたら出会ったことが間違いだったのかもしれないと思えてきて、そうするとこの五ヶ月間がなかったものになりそうで胸が痛んだ。


 後ろ向きにコインを一枚投げ入れると、もう一度この場所に戻って来ることができる。
 その願いが叶ったなら、今度はコインを2枚投げ入れるのが決まりらしい。

 二度目はどんなジンクスがあるのか分からない。
 そもそも今の自分に何かを願う資格はあるのだろうか?

 でももし叶うなら―――自分で引いた境界線を踏み越えて、もう一度だけ会いたい。


 清流は手のひらの中で熱くなったコインを取り出すと、背中越しに右手に持ったコインを指で弾く。


 『下手くそだな』

 あのときそう言って笑った洸の声が聞こえた気がして、思わずはっとする。

 (…そんなわけないのに、)

 高く上がったそれが描く放物線を目で追って、それが水の中に吸い込まれていくのを、清流は喧騒にの中で一人見つめていた。


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