それらすべてが愛になる
 「その後のことは…加賀城さんも知っている通りです」

 すべてを話し終えた後、その影が突如として巨大な質量を伴って自分を覆っているのを感じて愕然とする。

 洸の顔は、怖くて見ることはできなかった。
 訪れた沈黙に息が詰まりそうになる。

 (………息が、苦しい)

 そう思った瞬間、清流は柔らかな衝撃を感じた。

 視界が半分、洸のシャツで塞がれている。
 抱きすくめられているのだと分かって、驚いて押しのけようと力を込めたけれど、洸は力を緩めなかった。

 まったく予想外の展開に、清流は息を飲む。

 「あ、あの、なんで…?」

 自分の声が振動となって、直接伝わっていく。それがお互いの距離の近さを意識させて、否応なく鼓動が早くなる。

 「なんでって、必要だと思ったから」

 ひつよう、と清流は頭の中で言葉を転がした。

 「……軽蔑、しないんですか?」

 「俺が清流に?なんで?」

 今度は自分がなんでと返された上に、気づけば大きな手で頭を撫でられていて、ますます思考が追いつかない。

 両親が亡くなってから、誰かに身を預けるということから遠ざかってここまできた。
 そのせいか、清流はこういうシチュエーションにはまったくといっていいほど不慣れで、端的にいえば免疫がない。

 「なんでって……その、前に旦那の地位と金を最大限利用するタイプは嫌だって言ってたじゃないですか?それに、」

 どんな理由であれ、相手の家柄と金銭が目的の政略結婚をしたという事実は変わらない。
 それどころかそのことを隠したまま同居して、そのせいで洸の立場まで危うくするところだった。

 洸の胸元に手をあてて距離を取ってから、上目で様子を窺う。

 「だから、こんなふうに優しくしてもらう資格なんてなくてっ…て、痛っ」

 不意に伸びてきた両頬を持たれたかと思うと、ぐにっと力いっぱい潰された。
 唐突に走った鈍い痛みに、思わず変な声が出る。


 「それ以上言うなら、怒るからな」


 正面から洸と目が合う。
 その言葉通り怒っているようでもあり、どこか寂しげに見える表情に胸がぎゅっとなった。


 「清流を貶めるような言葉は、たとえ清流自身から出た言葉だとしても俺が許さない」


 言われた言葉の意味を理解しようとしている間に、頬をつまんでいた指が優しく滑っていく。

 清流は、整理のつかない感情を抱えたまま、ただ見つめ返すことしかできない。


< 229 / 259 >

この作品をシェア

pagetop