それらすべてが愛になる
 清流はホテルの広いパウダールームで、髪と軽く化粧直しをして鏡を見る。

 「どうしよう、緊張してきた…」

 実家ではなくホテルで気軽に顔合わせ、と洸は言ったけれど、ここは都内でも指折りの高級ホテルで清流にとってはとても気楽にいられる場所ではない。

 洸が選んでくれたワンピースとそれに合わせたメイクで、普段よりは大人っぽくなっているような気はする。

 (どんなご両親なんですかって聞いたけど別に普通、としか教えてもらえなかったしなぁ…)

 子どもっぽいと思われないだろうか。
 手土産も必要ないと言われたけれど、やっぱり用意した方がよかったんじゃないか。

 今さら考えてもどうしようもないあれこれを想像していると、時間に遅れそうなことに気がついて急いでパウダールームを出る。

 ロビーまでのやや入り組んだ通路を歩いていると、前から歩いてくる人に見覚えがあって思わず足が止まる。

 (あれ?……あの人って、)

 スマートフォンを見ながら歩いているので、相手はまだこちらには気づいていなかった。
 人違いかな?と思いながらもどんどん近づいていくに従って、やはりそうだと清流の中で確信に変わっていく。

 「あのっ、すみません」

 すれ違いざまに足を止めて顔を上げたその人は、清流を見て驚いた顔をした。

 「あぁ、あなたは…」

 「突然すみません、覚えてますか?前に一度居酒屋のカウンターで隣りになったんですけど」

 「えぇ、よく覚えていますよ。あのときと雰囲気が違うので一瞬分かりませんでした」

 やや白髪混じりの髪に柔和な笑顔。
 今日はあの日と違って眼鏡をかけていないけれど、間違いなくあのときの男性だった。


< 251 / 259 >

この作品をシェア

pagetop