大人になりたて男子は夢をみないはずだった
スクールから少し歩いたところにある公園のベンチで、ぼーっと五分咲きの桜を眺める。
たくさんの蕾が膨らんで、ほのかにピンク色に霞んでいる。
これくらいの桜が好きだ。

そして、びっくりするくらい人がいなくて、ほとんど独り占めしてる。

(いいなぁ、東京じゃ考えられない)

オレ、ここの暮らし、ちょっと気に入ってきたかも。
そもそも田舎育ちなんだから人混みは苦手だったんだよな。

そんなことを考えていると、犬を連れた女性が公園に入ってきた。
2匹を連れてゆっくり歩いてる。
ダックスだ。可愛いなぁ。
時々、桜の下で立ち止まりながら、こっちへ近づいてくる。
オレの前を通るらしい。

(お、ちょっと好みかも)

小柄でフェミニンな感じの服装の子だった。
距離が近くなると、顔もはっきり見えた。

(おお、可愛いかも)

なんか、独得な子だな。
見た目がめちゃ可愛いとか、アイドルっぽいとかそーいうのじゃなくて。
淡い色の空気に包まれてる。
すごい景色に溶け込んでるっていうか。
存在感があるっていうか。
なんだろ、すげー目立つ子だな。

オレと一緒かちょっと下ぐらいかな。
平日のこんな時間に働いてないのかな。
独身じゃないよなきっと。
専業主婦かなぁ…。

連れてる犬も凄く可愛い。
今日はいい日だったなと思っていると、その子が立ち止まってオレを見つめている。

(なんだろ…?)

まあ、確かにこんな時間に金髪のツンツン頭の男がいるのは不自然だよな。
事務所に戻ろうかと思った時、その子が声をかけてきた。

「あの、もしかして 栗咲 誠(くりさき まこと)さんじゃありませんか?」

(うゎ、声、可愛い)

高めで甘い、萌え系だけど作り物じゃない声。

「え? あ、ああ、そうだけど」

「わあ、やっぱり! 作品、よく聴かせて頂いてるんです」

へー…こんなとこでもオレを知ってる人いるんだ。

「実物は信じられないぐらい素敵ですね! 物凄くかっこいいですね〜!」

犬達に、ほら栗咲さんよ、かっこいいね〜と嬉しそうに話しかけている。

ああ、そっか。
目が可愛いのか。
大きな瞳がキラキラ輝いていて、視線が外せない。

「その髪型、すごく似合ってますよね! 声のイメージとぴったりですよね!」

「そう?」

可愛いなぁ…
髪切ってよかったなぁ…
なんか、胸の中がほわっと温まってきて落ち着かないような、ソワソワするような不思議な感じになる。
オレが演ってるキャラで誰のどんなセリフが好き、というわりとマニアな会話をしていたらスマホのアラームが鳴った。
時間切れかぁ。残念。

「オレ、そろそろ戻らないと」

「あ、ごめんなさい!」

慌てた様子でぺこりと頭を下げて、その子はにっこりと可愛く笑う。

「お会いできて嬉しかったです。お仕事頑張ってくださいね」

では、と立ち去る寸前、思わずオレは口を開いた。

「あ、あのさ、いつも散歩してるの?」

「はい、雨の日以外はしてますけど」

「そっか。また明日も来るよ」

「わぁ〜! じゃあ色紙持ってきてもいいですか? サインお願いしたいです〜」

もちろんいいよと手を振ってその場を離れたけど、熱でも出たんじゃないかってくらいに体が熱い。
ドキドキする。
こんな気持ち初めてだ。

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