大人になりたて男子は夢をみないはずだった
風薫る月
Side 薫
「カッコいいじゃん」
久しぶりに会えてアガったテンションがさらに上昇する。
年明けに会ったきりだったから、何ヶ月ぶりだっけ。
写真では見てたけど、実物はもっとカッコいい。
おまけに身体が締まった気がする。
「誠、なんか雰囲気変わった?」
「そか?」
「逞しくなったよね?」
「海辺が気持ちよくて、つい走っちまうんだよな」
5月だというのに気温が高くて、日差しも強い。
誠は半袖のTシャツ姿で、明らかに筋肉が増えていて汗を拭く仕草にドキドキする。
「お前も走れよ」
僕に笑いかけてれるのは嬉しい。
けど…なんだろ…こんな誠は見たことない。
もう4年前くらいになるのかな。
僕はピアニストになりたくて音大に行ったけど、色んな現実を知って諦めた。
演奏者の世界から離れたくて、どうしようかと思っていた時に、たまたま夜の街で世良さんに出会った。
恋愛対象が男だからそういう店なんだけど、世良さんはただ僕の話を聞いてくれて、容姿も声もいいからうちに来いよと誘ってくれた。
ちょうど養成所の募集オーディションがある時期で、運も良かったと思う。
同じ時期に事務所に入った誠は、すごく尖った感じで、なんで声優?と思うくらいだった。
でも、たまたま収録が一緒になった時、声を聞いて思わず聞き惚れてしまったっけ。
声の音域が広くて、独特の響きが魅力的で、どんな役でもやれそうだと思った。
それに見かけによらず面倒見が良くて、僕がいつも1人でいるのを気にしたらしく、声をかけてくるようになった。
誠はバンドをやりたかったけど、上手い話は転がってなかったと話してくれた。
声優になったのは、バンドが解散して帰る途中、養成所の案内が目に入ったからだとも。
「僕たち、一緒だね」
そう言った僕に、誠は何言ってんだと呆れた顔をしたっけ。
「お前のピアノ、マジですげーじゃん。なんでプロになってないんだよ。オレは好きなだけだからレベルがちげーよ」
僕は誠の声も歌も好きなんだけどなあ。
同い年で声質もタイプも違うせいか、出演する作品が一緒になることが多くなった。
過ごす時間が長かったのもあると思うけど、いつの間にか僕は誠を好きになっていた。
性癖を隠してる訳でもなかったから、誠には会う度に好きだって言ったし、セックスしてみない?と誘ってる。
だけど、全然本気にされてなかった。
誠が色んな女と付き合ったり別れたりしてるのをそばで見ていても平気だったのは、誠が相手を本気で好きになってないのがわかっていたから。
もしかしたら、誠もいつか僕を恋愛対象としてみてくれるかも、とありもしない幻想を胸に抱いていた。