嘘も愛して




 俯いてしまう私の頬に、さらりとグレージュ色の髪が垂れる。視界から誰も彼もが消える。

 私は、喧嘩になった時もきっと、彼を殴ることなんてできない。気持ち的に負けそうな私は、顔を上げることができな――

「立て、下を向くな、負けを認めるつもりか?」

 かったのに、頭に重みを感じ、手を置かれていることに気づく。


 空周が、私の頭を大きな手で撫でてくれている。この人は、私に勇気をくれるな……。だけど、

「ごめん、顔も見たくない」

 この意思だけはそう簡単に変われない。


 私は自分の頭の上に乗っかっている手をどかし、手を掴んだまま彼を見つめる。

 揺るがない意志の固さを伝えるために。透き通った栗色の瞳は何も言わず、ただ私を見とめている。

 ごめんね、せっかく背中を押してくれたのに。


「お嬢さん……」

 心配そうに眉を下げている研真を横目に、私はその場を逃げるように立ち去った。残された面々の視線を背中に感じながら。


 ガタンッとドアが閉まる音が各々に響き渡る。

「だとよ、クソ嫌われてんな」

 低く、落ち着いた声色で嘲笑する。


「……」

 視線が泳ぐ皇帝はそれに何も言い返さない。益々嘲笑うように、蔑むように言い放つ。


「ふん、おもしれぇ。クソダサトップがたかだか女一匹に固執しやがって、ゴミクズが。てめぇみたいなグズに群がるハエもたかだか知れる。いつでも潰してやる」


 それだけ言い残し、空周は仁愛の後に続いた。


< 57 / 78 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop