〜Midnight Eden Sequel〜【Blue Hour】
山野に教えられた画家、堀川綾菜のアトリエは世田谷区代沢4丁目にあった。彼女は、師匠である宮越晃成がマスターを務めるギャラリーバーの上階にアトリエを構えて活動しているらしい。
下北沢駅から徒歩10分ほどの小綺麗な住宅街の街並みに溶け込むように、画家のいるギャラリーバー【待宵《まつよい》】は静かに建っていた。
建物横のガレージにはシルバーのセダンが停まっている。宮越晃成の車だろうか。
警察のデータベースで番号照会にかければ持ち主がわかるだろう。九条は念のため、綾菜の名をメモした手帳の同じページにナンバーを書き加えた。
バーの営業時間は18時から23時、今はまだ営業時間前だ。準備中の札のかかる洒落た扉を南田が躊躇なくノックする。
数十秒後に開いた扉から若い男が顔を覗かせた。
『すみません。まだ開店前なんですが……』
『警察の者です。堀川綾菜さんはこちらにいらっしゃいますか?』
九条と南田、双方の警察手帳を見つめた男は口元を引きつらせ、二人の刑事と店の奥へ交互に視線を走らせた。
「日森くん、どうしたの?」
『綾菜さん……。警察の人が綾菜さんはいるかって……』
店の奥から女性の声が聞こえた。涼やかで凛とした声だ。動揺する若い男に変わって二人の刑事の前に立ったのは、美羽画廊のインスタグラムで目にした女性画家だった。
「堀川綾菜は私ですが、何か?」
九条の心臓が一際大きく跳ねた気がした。きっと、そう。勘違い、他人の空似、こんな場所に“彼女”がいるわけがない。
綾菜を前にして硬直する九条を盗み見た南田は、動けなくなった彼に変わって話を進める。
『二階堂隆矢さんが亡くなられたことはご存知ですか?』
「ええ。ニュースで……」
『美羽画廊の山野さんに先ほどお会いしました。山野さんから、堀川さんは二階堂さんから迷惑行為を受けていたとお聞きしました』
「……ご要件はわかりました。どうぞお入りください」
綾菜が大きく開けてくれた扉の向こうへ足を進めようとした南田は、いまだ動けずにいる九条を小突いた。
『何ボーッと突っ立ってんだ。行くぞ』
『……ああ』
心なしか九条の声は震えていた。足も力を入れて地面を踏みしめないと膝が震えて歩けない。
(勘弁してくれ。“アイツ”に似ている女に会ったからって、なんでこうなるんだ)
九条の動揺を知ってか知らずか、南田はさっさと先に店内に入ってしまう。
彼は九条の異変に、今は何の詮索もしてこない。冷たいようでいて、さりげなく気遣う南田の優しさに九条も気付けるようになった。
この2年ですっかり互いの相棒のポジションが板についたようだ。
下北沢駅から徒歩10分ほどの小綺麗な住宅街の街並みに溶け込むように、画家のいるギャラリーバー【待宵《まつよい》】は静かに建っていた。
建物横のガレージにはシルバーのセダンが停まっている。宮越晃成の車だろうか。
警察のデータベースで番号照会にかければ持ち主がわかるだろう。九条は念のため、綾菜の名をメモした手帳の同じページにナンバーを書き加えた。
バーの営業時間は18時から23時、今はまだ営業時間前だ。準備中の札のかかる洒落た扉を南田が躊躇なくノックする。
数十秒後に開いた扉から若い男が顔を覗かせた。
『すみません。まだ開店前なんですが……』
『警察の者です。堀川綾菜さんはこちらにいらっしゃいますか?』
九条と南田、双方の警察手帳を見つめた男は口元を引きつらせ、二人の刑事と店の奥へ交互に視線を走らせた。
「日森くん、どうしたの?」
『綾菜さん……。警察の人が綾菜さんはいるかって……』
店の奥から女性の声が聞こえた。涼やかで凛とした声だ。動揺する若い男に変わって二人の刑事の前に立ったのは、美羽画廊のインスタグラムで目にした女性画家だった。
「堀川綾菜は私ですが、何か?」
九条の心臓が一際大きく跳ねた気がした。きっと、そう。勘違い、他人の空似、こんな場所に“彼女”がいるわけがない。
綾菜を前にして硬直する九条を盗み見た南田は、動けなくなった彼に変わって話を進める。
『二階堂隆矢さんが亡くなられたことはご存知ですか?』
「ええ。ニュースで……」
『美羽画廊の山野さんに先ほどお会いしました。山野さんから、堀川さんは二階堂さんから迷惑行為を受けていたとお聞きしました』
「……ご要件はわかりました。どうぞお入りください」
綾菜が大きく開けてくれた扉の向こうへ足を進めようとした南田は、いまだ動けずにいる九条を小突いた。
『何ボーッと突っ立ってんだ。行くぞ』
『……ああ』
心なしか九条の声は震えていた。足も力を入れて地面を踏みしめないと膝が震えて歩けない。
(勘弁してくれ。“アイツ”に似ている女に会ったからって、なんでこうなるんだ)
九条の動揺を知ってか知らずか、南田はさっさと先に店内に入ってしまう。
彼は九条の異変に、今は何の詮索もしてこない。冷たいようでいて、さりげなく気遣う南田の優しさに九条も気付けるようになった。
この2年ですっかり互いの相棒のポジションが板についたようだ。