〜Midnight Eden Sequel〜【Blue Hour】
 ギャラリーバー待宵の店内は温もりのある木目調の床に生成り色の壁、飴色のテーブルを囲むように焦茶色のレザーのソファやウッドチェアが配置されていた。雰囲気はバーというよりもカフェに近い。

しかしバーやカフェと異なる点が、四方の壁に飾られた数多の絵画だ。

『ここに飾られている絵は、すべて宮越先生の作品です。このギャラリーバーは宮越先生の絵を愛する多くの美術愛好家が酒と歓談を楽しむ場所なんですよ』

 二人を席まで案内したのは九条達が最初に遭遇した若い男。この店でバーテンダーのアルバイトをしている彼は美術大学の院生で、日森丈流と名乗った。

 九条と南田の向かいに堀川綾菜が腰を降ろす。綾菜から開店準備を頼まれた日森は、こちらの様子を気にしながらもカウンターの奥に消えていった。

「私がこの店にいることは山野さんからお聞きになったんですか?」
『はい。このギャラリーバーと堀川さんのご関係も山野さんに説明を受けています。恩師の先生とここでアトリエをシェアされていると』

綾菜と初めて顔を合わせた段階から、彼女の聴取の進行役は自然と南田が担っていた。まだ調子の戻らない九条は聴取を南田に任せて、綾菜の表情や視線の動きの観察に意識を集中させる。

「この建物は一階がギャラリーバー、二階の二室を宮越先生と私がアトリエとして使っています」
『ご自宅はどちらに?』
「世田谷の松原です。一人暮らしですけど、家には滅多に帰りません。ここにシャワーもありますし、アトリエにベッドを持ち込んでいますから明け方まで制作をして、そのままアトリエで眠ってしまう日がほとんどです。ここで生活する方がバーの勤務にも便利なので」

 彼女は落ち着き払った素振りを崩さず、南田の質問に淡々と答えた。

『画家さんがバーの接客のお仕事もされているんですね』
「他に絵画教室の講師もやっていますよ。それでやっと食べていけるようになります。絵だけで生活できている画家はほんの一握りです。私は宮越先生のおかげで快適なアトリエ環境を確保できていますが、狭いアパートやマンションの一室をアトリエにしている画家も少なくありません」

 警察の来訪にもまったく動じなかった画家が、初めて見せた憂いの横顔は美しかった。綾菜は壁一面の恩師の絵画に視線を向け、溜息と共に胸の内を吐露する。

「この国は芸術への金銭的価値が低すぎます。何年、何ヶ月も費やして描いた絵も、売れても画家には雀の涙程度しか入らない。以前に私の絵のモデルを務めてくれたバレエダンサーの方も、バレエ団とOLの仕事を掛け持ちしていました。日本は芸術に生きる人間には生きづらい国なんです」

日本の芸術分野の価値の低さ、芸術に携わる者の賃金の低さ、いつまでも改善の見込みのない母国の現状を嘆く女性画家の訴えを、九条も南田も黙って聞くことしかできない。
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