〜Midnight Eden Sequel〜【Blue Hour】
 闇に誘われたのはきっと、月が綺麗だったから。着の身着のまま自宅を出た九条の頭上に満月間近の明るくて大きな月が夜空に浮かんでいる。

 サラリーマンにOL、大学生に高校生、様々な属性の人間が押し込められた電車に乗って辿り着いた場所は下北沢。

平日だと言うのにどこから湧いてきているのか、下北沢の駅前はカジュアルな服装に身を包んだ若者で溢れている。下北沢は銀座や表参道では見かけない種類の人間達が集う街だ。これが街の特色というものだろう。

 賑わう駅前を抜け、人通りの少ない住宅街を進む。先週の記憶と勘を頼りにしばしの放浪を続けていると、目的の建物が現れた。

以前と景観が異なって見えたのは、店先に立て掛けられた看板を照らすフットライトのせいだと気付く。先週の訪問時は日没前で、フットライトは点っていなかった。

敷地内の駐車場には今夜もシルバーのセダンが停まっている。ナンバー照会から割り出した車の持ち主は、九条が予想していた宮越晃成ではなく、弟子の堀川綾菜だった。
宮越はまだ50代でありながら3年前に運転免許を返納していた。

 ここから先に繋がる扉を開けるまで数秒を要した。この数秒間はおそらく覚悟の時間だ。
休みの日にこんな場所まで出向いた理由も、店に入ることを逡巡《しゅんじゅん》する理由も、わかっているのにあえてわからないフリを決め込んで、九条はギャラリーバー【待宵】のベルを鳴らした。

 明るい笑い声が響く店内で探し人はすぐに見つかった。白いシャツに黒いパンツスタイルの女性は、九条を見た瞬間わかりやすく顔を強張らせた。

「いらっしゃいませ。……この前の刑事さんですよね。まだ私に何かご用ですか?」

如何にもバーテンダーの装いの堀川綾菜は、九条の来訪に訝しげに眉をひそめる。直近で刑事が二度も会いに来たのだ。

事件関係者としては警戒の反応を見せても不思議ではない。ここはなるべく穏和に努めて、綾菜の不信感を拭いたい。

『今日は休みなんです。プライベートで飲みに来たんですが……いいですか?』

 あくまでもプライベートの訪問を強調した九条の顔を見据える綾菜の瞳は、真意を探る眼差しだ。まるで、内に潜む下心を見透かされているような居心地の悪さを九条がしばらく感じたのち、綾菜は表情を和らげた。

「プライベートなら大歓迎ですよ。こちらへどうぞ」

 案内された席はカウンター席。先週、九条が南田と共に使用した四人掛けのテーブル席は今は三人組の年配男性が占拠している。
彼らと同じ席には、あの宮越晃成が着席し、客達と楽しげに談笑していた。
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