ハイスペ上司の好きなひと
その沈黙を破ったのは飛鳥の方だった。
「…お、」
「お?」
「送る…」
飛鳥の言葉に、紫は思いきり左右に首を振った。
「い、いいです!家逆方向じゃないですか!申し訳ないので遠慮します!」
「……」
「この時間ならまだ道も明るいので!本当に大丈夫ですから!」
腕を掴む力の抜けた手を離し、少し距離を取ってもう一度軽く頭を下げた。
「お気遣いありがとうございます!では、また明日!」
すぐさま踵を返して走り去り、ホームまで駆け降りた。
ーーび、びっくりした…
丁度到着した電車に勢いよく飛び乗り、入り口ドア付近で立ち止まったまま胸を押さえて激しい鼓動を感じていた。
夜道を1人歩くのをただ心配してくれただけなのは分かっている。
だけどそれにしたって、腕を掴まれたのは予想外だった。
掴まれた場所が異様な程に熱を帯び、思い出しただけで顔から火が出そうになる。
ーーこれ以上、勘違いさせないで欲しい…
胸に手を当て、飛鳥の触れた腕に顔を寄せながら苦しげに目を閉じてそう思った。
胸の高鳴りは一向に収まる事なく、電車から降りて自宅に入ってもなお、忙しく動き続けていた。