ハイスペ上司の好きなひと
居候先へ戻りたくない気持ちからいつもより倍の時間をかけて掃除をし、2時間ほどかけて部屋を整え終えた後、紫は床に倒れ込むように横になった。
「まさか、こっちの家の方が落ち着く日が来ようとはね…」
小さな声で独り言を漏らして苦笑した。
こちらの家の方が落ち着くなら、苦い思いをしながら居候を続ける意味はあまりないんじゃないだろうか。
ふとした瞬間に、"しらかわ"と呼んだ飛鳥の切なげな声が思い出される。
その人がどういう人でどうして叶わぬ恋なのかは知らないが、あの飛鳥からそれだけの想いを抱かれておいてそれを蔑ろにしているなど、なんて悪い人間なんだと思わざるを得ない。
いや違う。
ただの嫉妬だ、こんなのは。
そもそも最初から分かっていた事なのに想いを募らせてしまった自分の方が悪い。
もっと自分が真由菜のように美人で仕事も出来て胸を張って誇れる何かがあればそんな恋など忘れさせてやると意気込めたかもしれない。
けれど今の自分にはキャリアも無ければ顔立ちだって十人並。どう考えても負け確だ。
「はあー…」
とりあえず考えるのはやめよう。
どうせ全部無意味なのだ。
せっかく本来の自宅が安寧の地になったのだ、今はそれを喜ぼう。
心地良さと安堵感でしばらくそうしていると、次第にうつらうつらと眠気がやってきた。
動いて温まっていた体の熱が引いてきたのか寒気を感じ、マットレスの上に置いていた毛布を掴んでそれに包まりながら紫はそのまま眠りについた。