ハイスペ上司の好きなひと


『ちょっと開けなさいよ!この泥棒猫!人の男に手ェ出しやがってこのーー!』


物騒な言葉を喚き散らす女に訳が分からず、恐怖しか湧かなかった。

混乱する頭で唯一思い浮かんだ警察というワードだけを頼りに辺りを見回してスマホだけ引っ掴み、床を這うようにして唯一家の中で鍵のかかるトイレに逃げ込んだ。

震える手で何度も押し間違いながらもなんとか通報ダイヤルを押して耳に当て、電話が繋がったところで相手の返事も待たずに声を上げた。


「知らない女がベランダから侵入しようとしています!早く来てください!」


電話向こうの女性が落ち着いてと言い住所を聞かれる間も窓を叩く音と女のこちらを罵倒する金切り声が聞こえてきていて、叫び出しそうなのを堪えながらなんとか自宅住所を告げた。

ヒステリックな女の声に更に男性の声まで加わり、言い争う音を聞きながら身を小さくして震わせひたすら早く来いと警察の到着を待ち続けた。


そして男女の争いが激しさを増し、恐らく洗濯竿だろうか、何か硬いもので窓を叩く音が聞こえいよいよ訳が分からなくなって悲鳴を上げた時、遠くから微かにサイレン音が聞こえた。

その音が徐々に大きくなるに比例して窓を叩く音が止み、その後人の足音がアパートの階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。

程なくして「警察です!」という声がして、先程告げた自身の苗字を呼ばれれば全身に込めていた力が抜けていくのを感じた。


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