彩度beige
会議室を後にして、ホテルのエントランスを出ていくと、一葉くんのお父さまの送迎を終えたばかりだという、一葉家専属運転手・・・谷山さんに偶然会った。

二週間ぶりくらいだろうか。会う時は毎日のように会うのだけれど、会わない時は、わりと日が開くことが多い気がする。

「お疲れさまでございます。水谷さま、最近お忙しいようですね」

「あ・・・、はい。でも、今日ひと段落したところなんですよ」

「おお、そうですかそうですか。それはよかった。では、これから帰ってゆっくりできますね」

「はい」

「よかったら、ご自宅までお送りします」と、谷山さんに笑顔で言ってもらったけれど、私は丁重にお断りをした。

恐れ多くて、普段からなかなかお願いすることはできないけれど・・・、今日は、いつも以上に恐縮しそうだったから。


(・・・だって・・・)


あの後、私はずっと考えている。

瀧澤さんの言葉の意味を、そして・・・一葉くんとのこれからを。


『彼、この仕事だけしているわけではないからね。あなたにだけ構っている暇はないのよ』


(・・・・・・)


当然わかってる・・・つもりではいた。

だけどどこか、私は特別なんだって、そんな思いで・・・彼に甘えていたかもしれない。

うつむきがちに、歩く道。

普段は気にも留めないアスファルトにある小さな石が、今日はやけに視界に入る。

ーーーあの時、一葉くんは気持ちを伝えようとしてくれた。

それはきっと、好意的なものだと思う。

雰囲気や彼の声音から、それはもう、確信めいているけれど・・・。


(そうだとして・・・、私は、それを素直に受け入れていい・・・?)


私も彼も、30という年齢で。

これから真面目にお付き合いをしていくのなら、やっぱり・・・結婚を意識してしまう。

その付き合いを、彼のご両親は賛成してくれるだろうか。

私は離婚歴があり、仕事も今は「Vulpecula」に関わらせてもらっているけれど・・・、この企画が終わったら、パン屋のパートという肩書きだけになるわけで。

正社員として、働いていたのは約5年。

バツイチで、大したスキルも持ってない、パートで働く実家暮らしの30歳。

どう考えても・・・、一葉くんのご両親に賛成してもらえるなんて思えない。
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