彩度beige
カフェに入り、出迎えてくれたスタッフに一葉さんが名前を告げると、窓際にある、ゆったりとしたテーブル席に案内された。

清潔感と、高級感が漂う店内。

窓からは、綺麗に手入れをされた花壇が見える。


(素敵・・・、こんな場所に来るのは久しぶりだな・・・)


ーーーそう。

敦也と付き合っていた頃、新婚時代・・・、敦也は私を、こういう場所に何度も連れて来てくれた。

あの頃はまだ、「衣緒は普通な感じがいいよな」「ずっと変わらないでいてくれよ」なんて言ってくれていたことを思い出す。

けれど、敦也の気持ちは変わってしまった。

人の気持ちって難しい。

どうしようもないことだけど、思い出すと、まだ胸は痛んでしまう。

「・・・さん、・・・・・・水谷さん」

「え・・・?あっ!はいっ」

「飲み物、コーヒーで大丈夫ですか」

「あ、は、はいっ。大丈夫です、すみません・・・」


(しまった・・・、敦也のことを思い出して・・・)


ふとしたことでこうも簡単に思い出し、私の胸を締め付ける。

敦也のことは、早く、なんでもないただの記憶になってくれればいいのに。

それに・・・、今日はこれから、敦也とのことを嫌というほど聞かれるはずだ。

話したくないことは聞かないって、言ってくれてはいるけれど・・・。

せめて今、ほんの少しの間でも、敦也のことを頭の中から追い出すように、私は深呼吸をして心を静めた。



「・・・お待たせいたしました。ブレンドコーヒーでございます」

ほどなくして、2人分のコーヒーが私たちの席に運ばれてきた。

北欧を思わせるデザインの、美しいカップとソーサーがテーブルの上にのせられる。

立ち上がるコーヒーの香りもとてもよく、それだけで少し気分が上がった。

「・・・じゃあ、早速ですけど・・・、本題に入らせてもらいます」

軽く雑談をしながらコーヒーで喉を潤して、お互いに気持ちが落ち着くと、一葉さんがノートを開いてペンを持つ。

ついに人生初取材。

「はい」と、私はピシッと姿勢を整えた。

「こちらから色々お聞きしますけど、言いたくないことは『言いたくない』で構わないんで」

「はい。わかりました」

まずは・・・、と、一葉さんは私の名前の確認をした。

連絡先はすでに交換しているけれど、「io mizutani」表記だったので、名前の漢字を知りたいらしい。

「・・・そうです。『水谷衣緒』です」

「水谷衣緒さん・・・、口にした時の音もいいけど、漢字も綺麗でいいですね」

ノートにメモを取りながら、一葉さんはサラッと言った。

社交辞令なのかもしれないけれど、私はちょっと嬉しくなった。

ついでに少し、照れくさい。

「年齢は・・・、聞いてもいいですか」

「はい、もちろん。えっと・・・、今年、30歳になりました」

「えっ」

私の歳に、一葉さんが驚いた。

ーーー30歳。正直微妙なお年頃。

一葉さんの驚きは、どういう意味の「えっ」だろう。

いろんな意味で、不安になった。
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