夏の序曲
第2話 作戦会議
翌日、悠斗は練習を早めに切り上げ、駅前の喫茶店に向かった。ドアを開けると、すでに紗彩とその隣に小柄な女の子が座っているのが見えた。
「こっちこっち!」
紗彩が明るい声で手を振る。その横で女の子――おそらく後輩の山野美玖――が、少し緊張した様子で軽く頭を下げた。
「悪いな、待たせたか?」
悠斗はテーブルに近づきながら声をかけ、座る前に店員に注文をした。
「すみません、ホットコーヒーを一つお願いします。」
店員が頷いてメモを取り、カウンターに向かうのを確認してから、悠斗は2人の座るテーブルに腰を下ろした。
「ううん、全然!さっそくだけど、紹介するね。」
紗彩は隣の美玖に視線を向ける。
「この子、うちの後輩の山野美玖。ピッコロを担当してるんだ。」
「は、はじめまして…。」
美玖はぎこちなく頭を下げた。悠斗も軽く会釈を返す。
「じゃあ、本題に入るね!」
紗彩は少し身を乗り出し、声を弾ませた。
「まず、6月の悠斗たちの定期演奏会に、私と美玖が行くからね。で、そこで花束を渡すの。」
「花束?」
悠斗は首をかしげた。
「なんでそんなことする必要があるんだ?」
「だって、悠斗の知り合いだってことを、自然に周りに見せておけば後々やりやすくなるでしょ?」
紗彩は自信満々に笑う。
「ふむ…。それで?」
悠斗は続きを促した。
「定期演奏会の後、ロビーで悠斗が錬くんと話してるところに私たちが合流するよ。それで、私が悠斗と仲良く話してみせる。」
「…俺と?」
悠斗は怪訝そうな顔を向けた。
「そう!『私たちはカップルです』って感じをしっかりアピールするのが大事なの。」
紗彩は真剣な表情で説明を続ける。
「それで?」
「悠斗と私が仲良くしてたら、錬くんと美玖が自然に二人きりで話せる状況になるでしょ?」
紗彩は隣の美玖に目をやり、安心させるように微笑んだ。
「改まって紹介するより、その方が美玖も緊張しないと思うんだ。」
「そ、それは…助かります。」
美玖は赤くなりながら小さく頷いた。
悠斗は腕を組み、少し考え込むように言った。
「確かに、俺が余計なこと言って気まずくなるよりはいいかもしれないけど…。でもさ、それ、本当に自然に見えるのか?」
「そこは私たちの演技力次第!」
紗彩は自信満々に親指を立てた。
「悠斗も少しは協力してよね!」
「…まあ分かったよ。でも、変にやりすぎるなよ。錬に気づかれるかもしれないし。」
悠斗はため息をつきながら答えた。
「大丈夫、大丈夫!」
紗彩は軽く手を振り、楽しげに美玖に視線を向ける。
「自然に見せるのは得意だから!美玖、心配しなくていいよ。」
「は、はい…!ありがとうございます、紗彩先輩。」
美玖は頼るように微笑んだ。
そんな二人の様子を見ながら、悠斗は複雑な気持ちを抱えつつも、小さく呟いた。
「分かったよ。」
「まあまあ!次の文化祭でもチャンスを作るから!」
紗彩は手を軽く振りながら話を続けた。
「文化祭?」
悠斗は眉を上げ、少し興味を引かれた様子で問い返す。
「そう。文化祭の後夜祭でフォークダンスがあるでしょ?そこで、美玖と錬くんを踊らせるのが最終目標!」
「フォークダンスか…。でも、どうやって?」
悠斗は腕を組みながら、少し考え込む仕草を見せた。
紗彩は待ってましたとばかりに声を弾ませた。
「まず、フォークダンスが始まるちょっと前に、悠斗が錬くんを外に連れ出して話しててね。そこに、タイミングを見て私と美玖が合流するの。」
「また俺が錬と話してるところに登場するのか?」
悠斗は呆れたような笑みを浮かべ、紗彩に目を向ける。
「だって、それが一番自然でしょ?」
紗彩はあっけらかんと答えた。
「まあ…確かに。」
悠斗は譜面の端を指でなぞりながら、渋々頷いた。
「でもさ、毎回これだと錬もさすがに気づくだろ?」
「大丈夫だって。フォークダンスがある分、今回はもっと自然な流れになるから!」
紗彩の自信に満ちた笑顔に、悠斗は肩をすくめた。
「それで、フォークダンスが始まったら?」
悠斗が問いかけると、紗彩は得意げに身を乗り出した。
「悠斗と私がペアになるの。そしたら残った美玖と錬くんが自然にペアになるってわけ!」
「また俺が囮役かよ。」
悠斗は眉間に手を当て、小さく苦笑する。
「それで、美玖と錬が踊り始めたら、俺たちはどうするんだ?」
悠斗が警戒するように尋ねると、紗彩は勢いよく指を立てた。
「そこで私たちの出番は終了!悠斗と私はさりげなくその場を離れるの。」
「そんなにうまくいくのかよ…?」
悠斗は半ば呆れながらも、紗彩を見つめる。
「絶対うまくいくって!」
紗彩は自信たっぷりに笑みを浮かべる。
「ね、美玖?」
「は、はいっ!」
突然話を振られた美玖は、驚いたように目を丸くしながらも、一生懸命頷いた。
「ほら、みんなで協力すれば絶対大丈夫だよ。」
紗彩は悠斗の肩を軽く叩き、いたずらっぽく笑った。
悠斗は一瞬目を伏せたが、深いため息とともに顔を上げた。
「分かったよ。ここまで来たら、最後まで付き合うしかないだろ。でも、あまり無茶なことはするなよ。」
「ありがとう、悠斗!」
紗彩は満面の笑みを浮かべた。その横で、美玖も安心したように小さく微笑んでいる。
そんな二人を見て、悠斗は心の中で複雑な思いを抱えながらも、これから起こる展開に少し期待している自分に気づいていた。
「定期演奏会、楽しみにしてるからね。」
そう言って立ち上がった紗彩が、ふと思い出したように振り返った。
「あ、そうだ!悠斗、LINE交換しとこうよ。」
「え?」
悠斗は少し驚いた表情を見せるが、紗彩は構わずスマホを取り出して画面を見せてくる。
「だって、万が一、計画のこととか確認したいことがあったら困るでしょ?」
「まあ、それもそうか。」
悠斗は小さく肩をすくめ、ポケットからスマホを取り出した。2人はQRコードをスキャンし合い、無事に連絡先を交換する。
「よし!」
紗彩は笑顔で画面を確認すると、素早く一言だけメッセージを送信した。
「OK!これで安心。」
悠斗はメッセージの通知をちらりと確認してから顔を上げた。
「計画の相談があるなら、早めにしてくれよな。直前に言われても困るから。」
「もちろん!」
紗彩は軽く笑って手を振る。その笑顔に、悠斗はつい苦笑いを返してしまう。
「じゃあ、練習頑張ってね!」
紗彩は明るく声をかけ、足早に喫茶店を後にした。
店内に取り残された悠斗は、スマホの画面に表示された「星乃紗彩」の名前をぼんやりと見つめる。
「練習、ね…。」
自分に言い聞かせるように呟いて立ち上がると、店を出て帰路についた。
夜道を自転車で走りながら、紗彩の声や笑顔がふと脳裏に浮かぶ。
(計画の相談、か。どこまで本気でやるつもりなんだか…。)
彼女のあっけらかんとした態度に呆れつつも、悠斗は心のどこかで、次に彼女が何を仕掛けてくるのか楽しみにしている自分に気づいていた。
「こっちこっち!」
紗彩が明るい声で手を振る。その横で女の子――おそらく後輩の山野美玖――が、少し緊張した様子で軽く頭を下げた。
「悪いな、待たせたか?」
悠斗はテーブルに近づきながら声をかけ、座る前に店員に注文をした。
「すみません、ホットコーヒーを一つお願いします。」
店員が頷いてメモを取り、カウンターに向かうのを確認してから、悠斗は2人の座るテーブルに腰を下ろした。
「ううん、全然!さっそくだけど、紹介するね。」
紗彩は隣の美玖に視線を向ける。
「この子、うちの後輩の山野美玖。ピッコロを担当してるんだ。」
「は、はじめまして…。」
美玖はぎこちなく頭を下げた。悠斗も軽く会釈を返す。
「じゃあ、本題に入るね!」
紗彩は少し身を乗り出し、声を弾ませた。
「まず、6月の悠斗たちの定期演奏会に、私と美玖が行くからね。で、そこで花束を渡すの。」
「花束?」
悠斗は首をかしげた。
「なんでそんなことする必要があるんだ?」
「だって、悠斗の知り合いだってことを、自然に周りに見せておけば後々やりやすくなるでしょ?」
紗彩は自信満々に笑う。
「ふむ…。それで?」
悠斗は続きを促した。
「定期演奏会の後、ロビーで悠斗が錬くんと話してるところに私たちが合流するよ。それで、私が悠斗と仲良く話してみせる。」
「…俺と?」
悠斗は怪訝そうな顔を向けた。
「そう!『私たちはカップルです』って感じをしっかりアピールするのが大事なの。」
紗彩は真剣な表情で説明を続ける。
「それで?」
「悠斗と私が仲良くしてたら、錬くんと美玖が自然に二人きりで話せる状況になるでしょ?」
紗彩は隣の美玖に目をやり、安心させるように微笑んだ。
「改まって紹介するより、その方が美玖も緊張しないと思うんだ。」
「そ、それは…助かります。」
美玖は赤くなりながら小さく頷いた。
悠斗は腕を組み、少し考え込むように言った。
「確かに、俺が余計なこと言って気まずくなるよりはいいかもしれないけど…。でもさ、それ、本当に自然に見えるのか?」
「そこは私たちの演技力次第!」
紗彩は自信満々に親指を立てた。
「悠斗も少しは協力してよね!」
「…まあ分かったよ。でも、変にやりすぎるなよ。錬に気づかれるかもしれないし。」
悠斗はため息をつきながら答えた。
「大丈夫、大丈夫!」
紗彩は軽く手を振り、楽しげに美玖に視線を向ける。
「自然に見せるのは得意だから!美玖、心配しなくていいよ。」
「は、はい…!ありがとうございます、紗彩先輩。」
美玖は頼るように微笑んだ。
そんな二人の様子を見ながら、悠斗は複雑な気持ちを抱えつつも、小さく呟いた。
「分かったよ。」
「まあまあ!次の文化祭でもチャンスを作るから!」
紗彩は手を軽く振りながら話を続けた。
「文化祭?」
悠斗は眉を上げ、少し興味を引かれた様子で問い返す。
「そう。文化祭の後夜祭でフォークダンスがあるでしょ?そこで、美玖と錬くんを踊らせるのが最終目標!」
「フォークダンスか…。でも、どうやって?」
悠斗は腕を組みながら、少し考え込む仕草を見せた。
紗彩は待ってましたとばかりに声を弾ませた。
「まず、フォークダンスが始まるちょっと前に、悠斗が錬くんを外に連れ出して話しててね。そこに、タイミングを見て私と美玖が合流するの。」
「また俺が錬と話してるところに登場するのか?」
悠斗は呆れたような笑みを浮かべ、紗彩に目を向ける。
「だって、それが一番自然でしょ?」
紗彩はあっけらかんと答えた。
「まあ…確かに。」
悠斗は譜面の端を指でなぞりながら、渋々頷いた。
「でもさ、毎回これだと錬もさすがに気づくだろ?」
「大丈夫だって。フォークダンスがある分、今回はもっと自然な流れになるから!」
紗彩の自信に満ちた笑顔に、悠斗は肩をすくめた。
「それで、フォークダンスが始まったら?」
悠斗が問いかけると、紗彩は得意げに身を乗り出した。
「悠斗と私がペアになるの。そしたら残った美玖と錬くんが自然にペアになるってわけ!」
「また俺が囮役かよ。」
悠斗は眉間に手を当て、小さく苦笑する。
「それで、美玖と錬が踊り始めたら、俺たちはどうするんだ?」
悠斗が警戒するように尋ねると、紗彩は勢いよく指を立てた。
「そこで私たちの出番は終了!悠斗と私はさりげなくその場を離れるの。」
「そんなにうまくいくのかよ…?」
悠斗は半ば呆れながらも、紗彩を見つめる。
「絶対うまくいくって!」
紗彩は自信たっぷりに笑みを浮かべる。
「ね、美玖?」
「は、はいっ!」
突然話を振られた美玖は、驚いたように目を丸くしながらも、一生懸命頷いた。
「ほら、みんなで協力すれば絶対大丈夫だよ。」
紗彩は悠斗の肩を軽く叩き、いたずらっぽく笑った。
悠斗は一瞬目を伏せたが、深いため息とともに顔を上げた。
「分かったよ。ここまで来たら、最後まで付き合うしかないだろ。でも、あまり無茶なことはするなよ。」
「ありがとう、悠斗!」
紗彩は満面の笑みを浮かべた。その横で、美玖も安心したように小さく微笑んでいる。
そんな二人を見て、悠斗は心の中で複雑な思いを抱えながらも、これから起こる展開に少し期待している自分に気づいていた。
「定期演奏会、楽しみにしてるからね。」
そう言って立ち上がった紗彩が、ふと思い出したように振り返った。
「あ、そうだ!悠斗、LINE交換しとこうよ。」
「え?」
悠斗は少し驚いた表情を見せるが、紗彩は構わずスマホを取り出して画面を見せてくる。
「だって、万が一、計画のこととか確認したいことがあったら困るでしょ?」
「まあ、それもそうか。」
悠斗は小さく肩をすくめ、ポケットからスマホを取り出した。2人はQRコードをスキャンし合い、無事に連絡先を交換する。
「よし!」
紗彩は笑顔で画面を確認すると、素早く一言だけメッセージを送信した。
「OK!これで安心。」
悠斗はメッセージの通知をちらりと確認してから顔を上げた。
「計画の相談があるなら、早めにしてくれよな。直前に言われても困るから。」
「もちろん!」
紗彩は軽く笑って手を振る。その笑顔に、悠斗はつい苦笑いを返してしまう。
「じゃあ、練習頑張ってね!」
紗彩は明るく声をかけ、足早に喫茶店を後にした。
店内に取り残された悠斗は、スマホの画面に表示された「星乃紗彩」の名前をぼんやりと見つめる。
「練習、ね…。」
自分に言い聞かせるように呟いて立ち上がると、店を出て帰路についた。
夜道を自転車で走りながら、紗彩の声や笑顔がふと脳裏に浮かぶ。
(計画の相談、か。どこまで本気でやるつもりなんだか…。)
彼女のあっけらかんとした態度に呆れつつも、悠斗は心のどこかで、次に彼女が何を仕掛けてくるのか楽しみにしている自分に気づいていた。