夏の序曲

第8話 念押し

定期演奏会前日。夕暮れの空が少しずつ夜に染まり始める中、悠斗は部活を終えて校舎を出た。駐輪場に向かう途中、ふとポケットの中でスマホが振動した。
トランペットケースを肩に掛け直しながら画面を確認すると、LINEの通知が浮かび上がっていた。送り主は紗彩だった。
「例の計画、ちゃんと覚えてるよね?」
短いメッセージを目にした瞬間、悠斗の足が止まった。
例の計画――錬と美玖を引き合わせる作戦のことだ。頭の片隅に追いやっていたそれを思い出し、軽く息を吐く。
(明日の演奏会のことで頭がいっぱいだったけど…。そうだよな、これもやらなきゃいけないんだ。)
スマホを一旦閉じて見上げた空には、ほんのり赤みを帯びた夕焼けが広がっていた。部活で高まっていた明日の演奏会への期待感が、少しだけ冷めるような気がする。
(正直、今は集中したいんだけど…。でも、紗彩がここまで念押しするなら仕方ないか。)
気を取り直すように深呼吸をし、悠斗は短い返信を打った。
「わかってる。ちゃんとやるよ。」
スマホをポケットに戻すと、演奏会への緊張感が再び胸の奥で沸き上がってきた。
(演奏会を成功させて、その後の計画もうまくいけばいいけど…。)
悠斗は自転車の鍵を外し、サドルに跨った。街の明かりが点り始めた道をペダルを漕ぎながら進む。背中に感じるトランペットケースの重みが、責任感をいっそう強調しているようだった。
住宅街に差し掛かると、自転車のライトが道を静かに照らし始めた。ふと見上げると、夜空には星がちらほらと瞬き始めていた。悠斗はハンドルを握り直し、心の中で自分を奮い立たせる。
(まずは演奏会に集中だ。それが終われば、次の一歩だ。)
柔らかな夜風が頬を撫でる中、悠斗は期待と不安を胸に、自宅への道を急いだ。
< 8 / 37 >

この作品をシェア

pagetop