敏腕CEOは初心な書道家を溺愛して離さない
「お見合い相手の名前くらいは把握していますよ」
 そのよく通る声とハッキリした物言いに押されてしまって、こくり、と香澄は頷いてしまったのだ。

「まあ……それもそうか。神代さん、どうぞお掛けください」
 こちらは伯父がいるけれど、神代は一人で来ていた。

 スラリとした長身にいかにも高級そうなスーツを着ていた。
 華やかな印象の人でそんな人とは縁のない香澄は彼を直視することができない。

 伯父や父との挨拶も堂々としていて、やり手と目されていたのも納得だった。

 会食が始まっても彼はひっきりなしに伯父が話すのを聞いていて上手に伯父の相手もしていたが、伯父がそれなりに彼に対して気を遣っていることも香澄はなんとなく分かる。

 やり手のCEOで取引相手であり、怒らせてはいけない相手なのだと言っていたけれど、その通りであることが察せられた。

 そう思うとますます顔を上げることができず、香澄はテーブルの上の真っ白なクロスの上に置かれた水の入ったグラスをじっと見ていた。

 氷は入っていないが底が丸いグラスはうっすらと汗をかいている。注ぐ時に冷えた水を入れるからだろう。

 オシャレな形なのだが足のついたグラスの方が持ちやすいのにな……と感じた。
 そしてそれを心の中で打ち消す。

(そうか、洗う方にしてみたら足がない方がいいんだわ……)
 なぜか全く関係のないことばかり頭に浮かんでくる。
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