敏腕CEOは初心な書道家を溺愛して離さない
 しかし、子ども心に見上げるような大人の男性が自分の前に立ちはだかって、今にも腕を掴みそうな雰囲気で言われたのはとても怖かったのだ。

 怖くて「ごめんなさい~!」と泣きながら師匠の教室に戻った。
 そこからは父が迎えに来てくれて、送迎がつくようになった。

 後から聞いた話では、後日その男が不審者として警察に捕まったそうで、奇しくも香澄の勘は当たっていたわけだ。

 それから香澄は、男性が一切ダメになってしまった。
 二十年近く経っているはずの今でもだ。

 伯父はそんなこととは知らず、会場に向かう車の中で「美味しいものを食べられると思えばいいじゃないか」なんてのんきに話していた。

 父はもちろん知っているはずだが、娘の花嫁姿が見られるかもしれないという伯父の誘惑に負けたのだろう。
 かろうじて「無理はしなくていいからな」と励ましてくれた。

 お見合い会場となるホテル内のレストランの個室に入り、相手が来るのを待つ。
 程なくして相手がやってきて、伯父がそれぞれの紹介をしようとすると、キッパリとした声がそれを遮った。

「子どもではないんですから、自己紹介くらい自分たちでしますよ。ねぇ? 菜々美さん?」

 違います。
 そう言わなくてはいけなかったのに。

神代(かみしろ)佳祐(けいすけ)です。柚木(ゆうき)菜々美(ななみ)さん」

 そう名乗った彼は端正な顔に笑みを浮かべて、香澄を見る。
「名前……」
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