敏腕CEOは初心な書道家を溺愛して離さない
「少しだけ、二人で話しませんか?」
 そう言われて神代に庭を指さされ、いつもなら男性と二人きりになるような状況には絶対に首を縦に振らない香澄も彼の雰囲気に逆らうことができず、こくりと頷く。

 何か言わなくてはいけないことは分かるのだが、言葉を返せないくらいに綺麗な人である。
「少しだけ、お借りします」
 伯父にそう言いおいて、彼は香澄ににこりと笑った。

「足元、気をつけて」
 歩く時もゆっくりと着物の香澄に気遣ってくれた。
「こちらの庭は有名なんですよ」

 庭の中にはプールのような大きな噴水があって、水が流れる音は心を落ち着かせてくれる。
 噴水は時々大きく水を跳ねさせたり小さく水を飛ばしたり、リズミカルな水の動きは見ていて飽きなかった。

「あと五分したら音楽に合わせて噴水のパフォーマンスがあるんです。それを見たくて」
 いたずらを企む子どものような表情だった。

「パフォーマンスが見たかったことは内緒ですよ」
「あ……私も見たいです」
「じゃあ、二人で見ましょう。こっちです」

 彼は大きなパラソルの下に香澄を連れていく。
 とてもいい人だ。

 自分は菜々美ではないと早く言わなくてはと思うのに、彼は香澄を菜々美だと認知しているからこれほどまでに親切なのかもしれないと思うと、香澄にはなかなか勇気が出なかった。
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