敏腕CEOは初心な書道家を溺愛して離さない
 清柊は自分のことについては巧妙に隠しているようで、香澄は全く気づいていないのだと神代は分かった。

 最終的には香澄を応援していることは間違いないと思うのだが、神代にはどうにも先ほどの妖しい雰囲気が頭から離れない。

「清柊先生には十分気を付けてください」
 それは先ほどの印象からつい言葉にしてしまったものだったのだが、香澄から返事がなく、その顔を見て神代は初めてしまったと思ったのだった。
 
 香澄の顔が怒りで一杯だったからだ。それでも大声で怒鳴ったり詰ったりと、激しい態度を取るわけではないが、怒っている、ということは十分に伝わった。

「今日、佳祐さんはこの後お仕事と仰っていましたわね。私はこのまま帰ります」
「香澄さん、お送りします」
「お忙しいところ申し訳ないので、結構ですわ」

 香澄が怒っているところなど神代は見たことがない。
 いつもふわふわとしていて叔父にあんな頼みごとをされてさえ困った顔をしても、怒ってはいなかった香澄だ。

 実際にこの後仕事さえ入っていなければ神代は誤解を解きたかったのだが、今の香澄になにかを言っても聞いてもらえないだろうと判断した。

「分かりました。けど、着物の香澄さんを電車でお返しすることはできません。タクシーに乗せるまではご一緒させてください」
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