敏腕CEOは初心な書道家を溺愛して離さない
「ごめんなさい」
「事情があるんですね」
 神代は誠意があり優しいだけではない。察しも良いのだった。
「俺のこと、イヤですか? 嫌い?」

 そんなわけはない。
 ふるふるっと香澄は首を横に振る。
 するとそっと手を神代に握られてしまった。

 振り払うこともできず、捉えられたまま、ただ泣きそうな気持ちで神代を見つめることしかできなかった。

「事情があるなら今は逃げてもいいです。けど、俺は必ず追いかけてあなたのことを捕まえますよ」
 そう言って、神代は香澄の指先に口付けをする。

 あまりにも一瞬のことで香澄はどうしていいのか分からずに、ただ神代の綺麗な形の唇が自分の指先に触れるのを見ていることしかできなかった。
 
 香澄の書道家としての仕事は書道教室だけに限ったことではない。自分自身もまだ師匠について研鑽(けんさん)している立場なのだ。

 あのお見合いから二週間後、道具を持って香澄は車に揺られていた。
 送迎はまだ続いている。

「ではまた終わる頃にお待ちしています」
「よろしくお願いいたします」
 師匠の稽古場の玄関前で運転手とは別れて稽古場の中に入る。
 師匠はテーブルで本をめくっていた。

 子供の頃は現在の師匠の父親にお稽古をしてもらっていたが、今は会派を継ぐご子息に見てもらっている。
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