敏腕CEOは初心な書道家を溺愛して離さない
 生まれた時から育った家だ。
 もちろん悲しい出来事もあった。
 それでも家族は香澄が書道を本気でやってみたいと言った時も香澄が傷ついていた時も、本当に大事にしてくれて護ってくれたと思う。

 香澄もそんな実家をとても頼りにしていた。
 これで縁が切れるわけではないが、今後帰ってくる場所はもうここではないんだと実感すると鼻の辺りがツンと熱くなって、片付けをする手も止まってしまいがちになる。

「香澄ちゃん、手伝うわ」
 ひょこっと母が顔を出し、手伝ってくれることとなった。

「持っていく荷物は最低限にしておきなさいね。それでも気づくと増えてしまうものだから」
 一緒に梱包を手伝ってくれながらアドバイスをくれる。
「はい」

 香澄の母はいつもこうして香澄が前に進めるようにアドバイスしてくれていた。
 だからこそ、好きなことをずっと続けてこられたのだと思うとじわりと感謝の気持ちが湧いてくる。

「お母さま、いつも明るく私を導いてくださって本当にありがとうございました。私、いつかお母さまみたいな母親になれたらいいなぁって思います」
「いやだわ、今生の別れでもないのに」

 そんなことを言いながらも母も目元をそっと拭いているのが目に入る。
「そうですね! お教室も続けるのだからいつでも会えるのに、変ですわね……」
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