敏腕CEOは初心な書道家を溺愛して離さない
 確かに教室もそのままなのでいつでも会えるのだけれどそういうものではないのだろう。
 母は微笑んでしみじみとため息をついた。

「正直、叔父さまがお見合いを持ってきたときはなにを言っているんだろうと思いましたわ。けど、菜々美ちゃんの身代わりで香澄ちゃんに良い方ができて、ご縁って不思議なものですね。一人ではなかなかお外へ出ることもなかった香澄ちゃんが最近はいろいろとお出かけしているのを見て、嬉しいんですけど寂しい気持ちにもなりましたわね」

 確かに結婚式の準備だ、引っ越しの買い物だと香澄は最近一人で出かけたり、出先で神代と待ち合わせするのにも家を一人で出ることは多くなった。

 母はそんなことにも香澄の自立を感じていたのだと初めて知った。
 それでも大人になったのだとひっそり喜んでくれていたことが嬉しい。

 香澄は母の肩を撫でた。
「お教室はそのままですし、また一緒にお料理もしたいですし、お手間かけてしまいそうです」
「ふふ、自立はまだまだですね」
「ええ。そうですわよ」
 母娘の穏やかな時間がゆっくりと過ぎていった。

 しかし、香澄のしなければいけないことは、結婚式の準備だけではない。展覧会の締切も迫っていた。
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