敏腕CEOは初心な書道家を溺愛して離さない
「ふぅん? なんか雰囲気が違うんですけどね」
「気のせいだと思いますよ」
「そうかなぁ? 僕はその手の勘は非常に良いと自負しているんだけれど。君がそう言うなら、まぁいい」

 実際に師匠の勘が鋭いのも確かではある。
「そうだな……そんな柚木さんには大正とか昭和初期の文豪の小説の作品を書にするのも良いかもしれない」
 香澄は首を傾げた。

「宮沢賢治とか、夏目漱石とかですか?」
 頭の中を『雨ニモマケズ……』などの文章がふとよぎる。学校で覚えさせられた記憶があった。
 暗唱のテストとかあったように思う。

「泉鏡花とか谷崎潤一郎とかね」
「読んだことないです……」
「面白いよ。まあ、けど書きやすいのは近代の小説だろう」

 師匠に差し出されたそれは少し前に発売されたベストセラー小説で、映画化もされて有名になったものだった。

「あら? 谷崎潤一郎とかではないんですか?」
「そうだね。けど今の君にはこちらの方が向いているだろう」

 差し出された文庫本は、香澄の記憶では賞を受賞していたし、ミリオンセラーにもなっていた本ではあった。
「これを、書に?」
「よく読み込んでみて」

 香澄はその本を受け取った。
 見覚えがある表紙である。

 本のタイトルが流行語にノミネートされており、一世を風靡した作品なのだ。
 よく探せば自宅にもあるはずだった。
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