敏腕CEOは初心な書道家を溺愛して離さない
 角度を変えて何度も口の中を蹂躙されて気づいたら香澄の吐息が荒くなっていて、神代のスーツをぎゅうっと握りしめていた。

 それでも神代は香澄の身体に回した腕を緩めてくれる気配はない。
「っふ……あ、神代さんっ……」
 助けを求めるようにその名前を呼ぶと神代がゆっくり離れて、二人の唇の間をつっと透明な糸が引いたのが見えた。

 とても綺麗なその顔が微笑んでいて、香澄の大好きな榛色の瞳が真っすぐに香澄を見ていた。
「大丈夫?」

 ──大丈夫……?
 いや、大丈夫なわけがない。頬が熱くて、心臓はばくばくと大きな音を立てて、腰の辺りがむずむずする。

 座っていることすら覚束なくて、シートにもたれていたら神代が覆い被さるように近くにいて、この大きな心臓の音すら聞かれてしまいそうなのだ。

 香澄の鼻には爽やかな神代のフレグランスの香りがするし、くらくらしてどうしたらいいのか分からない。
 大丈夫かと聞かれても大丈夫ではない気しかしない。

「え……と、だ、いじょうぶ? なような大丈夫ではないような……」
 くすっと神代が笑った気配がした。

 耳元に優しく囁かれる。
 甘い吐息が香澄の耳をくすぐった。
「嫌じゃなかった?」

 あわてて香澄は首を横に振る。
「良かった」
 にこりと笑った神代の顔に釘付けになっていた。

 ──この人が初めてのキスのお相手……。
 香澄はその素敵な人にぼうっと見蕩れることしかできなかった。


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