敏腕CEOは初心な書道家を溺愛して離さない
 師匠はそういって微笑む。自分ではダメダメだと思うのに、師匠からはそうは見えないらしい。
「頑張ります」
「新しい柚木さんの書が楽しみですね。どんな文字を選ぶのかも含めて」

 ──どんな文字を選ぶのか……。
 それは自分が選択することだ。
 今の自分はどういう文字を選ぶのだろう。

 お稽古から帰ってきて、香澄は書道用の平屋の方に足を向ける。確かに師匠に言われた通り、早く文字を決めなくては練習もままならないのだから。

 先日持ち出した小説の付箋が貼ってあるところを再度チェックしているときだ。香澄のスマートフォンが振動しているのに気づいて、カバンから取り出す。画面に表示されていたのは知らない番号だった。


 それでも生徒さんの保護者の可能性もあるので、香澄はすべての着信には出ることにしている。
「はい……」
『香澄ちゃん?』

 それは従姉妹の菜々美の声だった。
 叔父からは家出をしたまま、どこに行ったかも分からないと聞いている。美人で魅力的で行動的な従姉妹だ。

「菜々美ちゃん……?」
『うん!』
「今、どこにいるの? 叔父さますっごく探しているわよ!」
『知ってる……。ごめん! 香澄ちゃん』

 突然聞こえたお詫びの声に香澄は驚いてしまった。お詫びされる心当たりはなかったから。
「どうしたの?」
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