敏腕CEOは初心な書道家を溺愛して離さない
「菜々美が柔らかすぎるんだ」
 菜々美が元気に言い返すのにも吉野は呆れたように返すだけで慣れている様子だった。

 大ちゃんと呼ばれている吉野はわりときちんとした人のようだ。
 香澄がまだ目を白黒させているうちにその腕を菜々美が掴んで引っ張る。
「ここじゃゆっくりできないから」

 菜々美が香澄を連れていったのは店舗の二階だった。
 その部屋は休憩室として利用しているようで、畳敷きの部屋の中には角に簡易ベッドが折りたたんで置いてあり、部屋の真ん中にはテーブルが一つ置かれていて、クッションが添えてある。

「ちょっと愛想なくてごめんね。まだ借りたばかりのお部屋だから」
 菜々美がささっとクッションを整える。

 香澄は大きくため息をついた。
「菜々美ちゃん、いろいろ聞かせてくれるのよね?」

 それまではいそいそと身体を動かしていた菜々美がぴたっと動きを止めて、丁寧に畳に手をついて頭を下げた。
「香澄ちゃん、いろいろとご迷惑をかけてごめんなさい」

 なにをしていたの? とか家出ってどういうこと? と聞きたいことはたくさんあったけれど、礼儀正しいその様に香澄はなにもいえなくなってしまった。

「香澄ちゃん、お茶でいい?」
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