敏腕CEOは初心な書道家を溺愛して離さない
 そう言った菜々美がお茶を淹れてくれる。
 そのようすを見ていても、お茶を淹れる作法や淹れ方もきちんとしていて、正直これまでの菜々美とは全く違った。

「とても綺麗な淹れ方ね」
 香澄がそう言うと、菜々美は嬉しそうに笑う。

「本当? 香澄ちゃんがそう言ってくれるのなら本物ね。頑張った甲斐があるわ」
 着物の袂を抑えてお菓子を置く仕草さえ様になっている。

「大学を卒業する前にね、社会勉強かなって思って、家の近くの会席料理店でバイトを始めたの。女将さんが本当に厳しい人でびしばしやられたわ」
 えへへっと笑う菜々美はいつもの菜々美だった。

「初めて社会に出て、いろんな厳しさとか知ったの。卒業したらふらっと親の会社に入って適当に結婚でもすればセレブな生活が送れるって思っていたんだけどね。厳しいだけじゃない楽しさとか、やりがいとかすごくあって……」
 それは香澄にも分かる。

 実家の仕事はほとんどしていない香澄だが、教室の運営や会派の中での選抜などで、正直悔しい思いをしたことがなかったわけでもない。

 悔しい思いや大変な思いをしても達成できたときの嬉しさは言葉にはできないものだ。

「分かるわ……」
「甘やかされて大事にされてきたことも分かるの。でも、きっと父には反対されると思った」
「そうでしょうね」
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