敏腕CEOは初心な書道家を溺愛して離さない
 お見合いは憂鬱だけれど、綺麗な着物には気分が上がるものだ。それに(はな)から断ってもいいと言われているお見合いである。

 お相手には失礼かもしれないけれど、香澄にとってはそれほど真剣になる必要はないと思えば、気持ちも楽になった。

 それに交際したことがないだけではなくて、香澄には男性が苦手な理由がある。
 それはほぼ男性恐怖症と言うに相応(ふさわ)しいようなものだった。

 だからこそ、中学、高校、大学と女子校に通い、学校の先生や身内の男性ならば恐怖心を覚えることなく話すことができる。

 父はそれを知っているはずだった。
 それでも娘の花嫁姿を見たいという気持ちに揺らいで、つい伯父の言うがままにしてしまったのだろう。
(まぁ……お父様の気持ちも分からなくはないけれど……)

 香澄は子どもの頃から書道が大好きだった。たまたま運良く師匠にも恵まれて早くから才能を見出されており、教室には塾よりも熱心に通った。

 そのせいだ。あれは小学生くらいの時だったと思う。
 帰りが遅くなった時に知らない大人の男性に声をかけられた。

「君、おうちはどこなの? こんな時間にうろうろしていては危ないよ」
 もしかしたら、親切心かもしれないと香澄も一瞬は考えた。
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