バベル・インザ・ニューワールド
バベル・エクスポーズ
みなさま～！ こちらは、まったく新しいソーシャルネットワーキングサービス『ＢＡＢＥＬ』です。
顔も知らない友達と、チャットツールを使ってコミュニケーションできますよ。
つ・ま・り、インターネット上でよくある炎上だとか、荒らしだとか、そういうものはまったくなし！
安心・安全の『ＢＡＢＥＬ』で充実のインターネットライフ☆
ぜひ、登録して、自分だけのアカウントを作ってみてくださいね！
■
つけっぱなしのパソコンで、動画サイトが流れている。
わたしが作った『ＢＡＢＥＬ』のＣＭ広告だ。
ＢＡＢＥＬのマスコットキャラクター・バベルがちょこちょこ動いて、宣伝しているすがたが大人気。
わたしが小学四年生の自由研究で開発した、ソーシャルネットワーキングサービス『ＢＡＢＥＬ』。
はじめはつたないものだったけれど、年々アップデートをくり返し、ユーザー人気を高め、今や中高生のあいだでは知らない者はいないほどになっている。
しかし、管理人の存在は明かしていない。
中学一年生がやっているとわかったら、ユーザーさんたちを不安にさせてしまう可能性があるから。
まあ、不安になんてなるまでもなく、わたしの管理はかんぺき。
なんてったって、ＢＡＢＥＬはふつうのＳＮＳではないのだ。
ＢＡＢＥＬは、ぜったい安心・安全なＳＮＳをうたっている。
荒らしも、誹謗中傷も存在しない。
ぜったいパーフェクトなＳＮＳ！
管理人である、わたしがそんな環境を『作り出し』、『維持する』。
それが管理人の使命。
「ＢＡＢＥＬを荒らすものは、管理人であるこのわたしが、許しません」
わたしはイスから立ちあがると、バベルがここぞとばかりにクローゼットを開く。
ハッとして、バベルを静止しようと、手のひらを前にかざした。
「待ってください、バベル。どうせ、『部屋から出ないも同然』なんです。このかっこうで十分です」
防御の姿勢をとるように、ナイトウェアのえりもとをぐいっと伸ばす。
すると、バベルが不服そうにきれいな眉根をよせた。
「おいおいー。人間のくせに変なことをいうなよ」
「人間のくせにって、どういうことですかっ」
「人間が作った言葉だろ、『勝負服』って」
「しょ……勝負……ですか。たしかに、そうですが」
バベルがハンガーにかけられた、ひらひらの服を手に取り、わたしに差し出す。
「同じ服を着たまんまじゃ、気合い入んないぞ。これから勝負なんだぞ、管理人！」
バベルお気に入りのブランドの黒タイツを、ポイッと投げ渡される。
続いて流れるように、きらりと光るブローチを手のひらに落とされた。
銀色の輪っかに、パールや細かい細工がほどこされたデザイン。
これは、バベルとの契約のあかしだ。
「忘れんなよ、ブローチ。『開門の言葉』を唱えるには、これが不可欠なんだから」
「……はいはい」
「うわ。まじめなエポさんが、おれみたいな返事するようになったー」
「これから、あなたが作ったゴテゴテの服を着るんです。ふてくされもします」
「えー。こんなにかっこいい服なのに」
バベルからハンガーを受け取り、隣の部屋で着替える。
すそに十字架もようのラインがある、セーラーカラーの黒いワンピース。
ゴシックっぽい感じで、ところどころにフリルや黒いレースがついている。
タイツを履いて、髪を整える。
最後に、ブローチも忘れずに。
部屋に戻ると、バベルが、けもののような犬歯をのぞかせ、ふふんと鼻を鳴らした。
「問題のアカウントの詳細、突き止めておいたぞ。感謝しなー」
「ありがとうございます。さすが、仕事が早いですね。では、状況を整理しましょう」
バベルが、パソコンを叩きながら、説明してくれる。
「メールの差出人は、『イヌヤ』。【ぼくの個人情報を、このアカウントにさらされています。助けてください】という内容を送ってきてる。『神代＠ゲーム垢』。こいつが、イヌヤの個人情報をさらしているアカウントだ。どちらも同時期にバベルに登録していて、さらにお互いをフォローしあってる。登録したのは、一か月前。ＢＡＢＥＬのサービスが開始したタイミングだ」
「ふたりに、なにかしらのトラブルがあったんでしょうか？」
「さあな。イヌヤと神代のＩＤは、調べておいたから、すぐにでも行けるぞ」
「オーケーです。まずは、イヌヤさんのほうから、聞きとり調査を行いましょう。バベル、変身してください」
「了解。……あーあ。せっかくお茶の準備してたのになー」
「帰ったら、ゆっくり楽しみましょう。クッキーも」
「だな。んー、そんじゃあ、行きますかっと」
バベルはくちびるをとがらせながら、くるっと一回転する。
すると、人間だったバベルは、一瞬で三頭身のゆるキャラになってしまった。
グレーのもふもふの毛並み。
頭から、ヤギに似た真っ黒のツノがニョキリと生えている。
「『ＢＡＢＥＬ』のマスコットキャラクターがまさかあなたとは、誰も思いませんね」
「こっちが本当のおれ。お前がＢＡＢＥＬの運営を手伝えっていうから、仕方なく人型になってるだけだっての」
「マスコットのすがたでは、パソコンを扱えないですから」
「ったく。このおれを、こんなふうにこき使えるのは、お前だけだよ、エポ」
するどく伸びた爪をゆらゆらさせながら、バベルはへらっと笑う。
「そいや、今日も……家の人、帰らないのか？」
バベルが、気まずそうにいう。
わたしの両親は、ふたりとも大手ＡＩ企業のエンジニア。めったに家に帰ってこない。
でも、昼間はお手伝いさんが来てくれるから、家事はほとんどしなくていい。
家もＡＩ搭載の防犯カメラに、顔認証セキュリティの頑丈な扉など防犯対策はばっちりだ。
二十四時間、ＡＩが家の安全を守っているから、安心して暮らせている。
「ええ、帰りません。つまり、すき勝手できるというわけです」
「だいじょうぶか？ 夜、さみしいって、うなされてるんじゃないか」
「まさか！ 親友のあなたが、わたしをからかうだなんて。かなしいことですね」
「……そっか。親友のおれがいるから、さみしいわけないなっ」
照れながら、にかっと笑うバベル。
バベルのことは、親にはぜったいにいえない。
いったら、非科学的なことを信じない二人は――卒倒してしまうかもしれない。
「さあ、イヌヤさんのところへ行って、聞き取り調査をしに行きましょう」
「了解。契約者さま」
バベルが、三頭身のからだを、パソコンの画面に押しつける。
すると、とぷんと画面がゆれて、なかへと吸いこまれていく。
わたしも、バベルに続いて、指先を画面に触れさせる。
水面に指先を浸した感覚に似ている。
画面の揺れに身をまかせ、わたしはパソコンのなかへと入っていった。
顔も知らない友達と、チャットツールを使ってコミュニケーションできますよ。
つ・ま・り、インターネット上でよくある炎上だとか、荒らしだとか、そういうものはまったくなし！
安心・安全の『ＢＡＢＥＬ』で充実のインターネットライフ☆
ぜひ、登録して、自分だけのアカウントを作ってみてくださいね！
■
つけっぱなしのパソコンで、動画サイトが流れている。
わたしが作った『ＢＡＢＥＬ』のＣＭ広告だ。
ＢＡＢＥＬのマスコットキャラクター・バベルがちょこちょこ動いて、宣伝しているすがたが大人気。
わたしが小学四年生の自由研究で開発した、ソーシャルネットワーキングサービス『ＢＡＢＥＬ』。
はじめはつたないものだったけれど、年々アップデートをくり返し、ユーザー人気を高め、今や中高生のあいだでは知らない者はいないほどになっている。
しかし、管理人の存在は明かしていない。
中学一年生がやっているとわかったら、ユーザーさんたちを不安にさせてしまう可能性があるから。
まあ、不安になんてなるまでもなく、わたしの管理はかんぺき。
なんてったって、ＢＡＢＥＬはふつうのＳＮＳではないのだ。
ＢＡＢＥＬは、ぜったい安心・安全なＳＮＳをうたっている。
荒らしも、誹謗中傷も存在しない。
ぜったいパーフェクトなＳＮＳ！
管理人である、わたしがそんな環境を『作り出し』、『維持する』。
それが管理人の使命。
「ＢＡＢＥＬを荒らすものは、管理人であるこのわたしが、許しません」
わたしはイスから立ちあがると、バベルがここぞとばかりにクローゼットを開く。
ハッとして、バベルを静止しようと、手のひらを前にかざした。
「待ってください、バベル。どうせ、『部屋から出ないも同然』なんです。このかっこうで十分です」
防御の姿勢をとるように、ナイトウェアのえりもとをぐいっと伸ばす。
すると、バベルが不服そうにきれいな眉根をよせた。
「おいおいー。人間のくせに変なことをいうなよ」
「人間のくせにって、どういうことですかっ」
「人間が作った言葉だろ、『勝負服』って」
「しょ……勝負……ですか。たしかに、そうですが」
バベルがハンガーにかけられた、ひらひらの服を手に取り、わたしに差し出す。
「同じ服を着たまんまじゃ、気合い入んないぞ。これから勝負なんだぞ、管理人！」
バベルお気に入りのブランドの黒タイツを、ポイッと投げ渡される。
続いて流れるように、きらりと光るブローチを手のひらに落とされた。
銀色の輪っかに、パールや細かい細工がほどこされたデザイン。
これは、バベルとの契約のあかしだ。
「忘れんなよ、ブローチ。『開門の言葉』を唱えるには、これが不可欠なんだから」
「……はいはい」
「うわ。まじめなエポさんが、おれみたいな返事するようになったー」
「これから、あなたが作ったゴテゴテの服を着るんです。ふてくされもします」
「えー。こんなにかっこいい服なのに」
バベルからハンガーを受け取り、隣の部屋で着替える。
すそに十字架もようのラインがある、セーラーカラーの黒いワンピース。
ゴシックっぽい感じで、ところどころにフリルや黒いレースがついている。
タイツを履いて、髪を整える。
最後に、ブローチも忘れずに。
部屋に戻ると、バベルが、けもののような犬歯をのぞかせ、ふふんと鼻を鳴らした。
「問題のアカウントの詳細、突き止めておいたぞ。感謝しなー」
「ありがとうございます。さすが、仕事が早いですね。では、状況を整理しましょう」
バベルが、パソコンを叩きながら、説明してくれる。
「メールの差出人は、『イヌヤ』。【ぼくの個人情報を、このアカウントにさらされています。助けてください】という内容を送ってきてる。『神代＠ゲーム垢』。こいつが、イヌヤの個人情報をさらしているアカウントだ。どちらも同時期にバベルに登録していて、さらにお互いをフォローしあってる。登録したのは、一か月前。ＢＡＢＥＬのサービスが開始したタイミングだ」
「ふたりに、なにかしらのトラブルがあったんでしょうか？」
「さあな。イヌヤと神代のＩＤは、調べておいたから、すぐにでも行けるぞ」
「オーケーです。まずは、イヌヤさんのほうから、聞きとり調査を行いましょう。バベル、変身してください」
「了解。……あーあ。せっかくお茶の準備してたのになー」
「帰ったら、ゆっくり楽しみましょう。クッキーも」
「だな。んー、そんじゃあ、行きますかっと」
バベルはくちびるをとがらせながら、くるっと一回転する。
すると、人間だったバベルは、一瞬で三頭身のゆるキャラになってしまった。
グレーのもふもふの毛並み。
頭から、ヤギに似た真っ黒のツノがニョキリと生えている。
「『ＢＡＢＥＬ』のマスコットキャラクターがまさかあなたとは、誰も思いませんね」
「こっちが本当のおれ。お前がＢＡＢＥＬの運営を手伝えっていうから、仕方なく人型になってるだけだっての」
「マスコットのすがたでは、パソコンを扱えないですから」
「ったく。このおれを、こんなふうにこき使えるのは、お前だけだよ、エポ」
するどく伸びた爪をゆらゆらさせながら、バベルはへらっと笑う。
「そいや、今日も……家の人、帰らないのか？」
バベルが、気まずそうにいう。
わたしの両親は、ふたりとも大手ＡＩ企業のエンジニア。めったに家に帰ってこない。
でも、昼間はお手伝いさんが来てくれるから、家事はほとんどしなくていい。
家もＡＩ搭載の防犯カメラに、顔認証セキュリティの頑丈な扉など防犯対策はばっちりだ。
二十四時間、ＡＩが家の安全を守っているから、安心して暮らせている。
「ええ、帰りません。つまり、すき勝手できるというわけです」
「だいじょうぶか？ 夜、さみしいって、うなされてるんじゃないか」
「まさか！ 親友のあなたが、わたしをからかうだなんて。かなしいことですね」
「……そっか。親友のおれがいるから、さみしいわけないなっ」
照れながら、にかっと笑うバベル。
バベルのことは、親にはぜったいにいえない。
いったら、非科学的なことを信じない二人は――卒倒してしまうかもしれない。
「さあ、イヌヤさんのところへ行って、聞き取り調査をしに行きましょう」
「了解。契約者さま」
バベルが、三頭身のからだを、パソコンの画面に押しつける。
すると、とぷんと画面がゆれて、なかへと吸いこまれていく。
わたしも、バベルに続いて、指先を画面に触れさせる。
水面に指先を浸した感覚に似ている。
画面の揺れに身をまかせ、わたしはパソコンのなかへと入っていった。
