復讐は溺愛の始まり 〜一途な御曹司は愛しい彼女を逃がさない〜
 「で、でも!!」

 口を金魚のようにパクパクさせている私に、町田さんは少し困ったように手を頬に添えた。

 「うん……今、橘花さんほど通訳できる人はいないし、先方は英語とフランス語を話せる通訳を求めていらっしゃって……。橘花さんは英語のほかにフランス語も少しできるでしょ?ピッタリと条件がマッチするのよ」

 (うっ………)

 思い切り言葉に詰まった私は、力が抜けたようにふらふらと椅子に座った。

 「わ、わかりました……」

 本当はこうして仕事をもらえるだけでもありがたいのだ。自分の勝手な都合で断るわけにはいかない。

 「よかった。じゃあ、よろしくね」

 町田さんはホッとした顔で立ち上がると、ガラス張りの小会議室のドアを開けた。


 (ど、どうしよう……。まさか、こんなことになるなんて……) 

 部屋を出ていく彼女を横目で見ながら、私は頭を抱え込んだ。あの東儀崇人のいる会社に派遣されるなんて、何という確率。運が悪いとしか言いようがない。

 でも、よくよく考えれば、同じ会社とはいえ社長なんて役員フロアに篭っている天上人だ。彼と顔を合わせることなんて、ないのかもしれない……。


 翌日、朝8時。

 私は東儀トレーディングのある黒い立派なオフィスビルの前に立った。

 長い髪はシニョンに後ろに一纏めにして、メイクもかなりナチュラルというか最低限のメイクしかしていない。顔には黒縁の伊達メガネをかけて、服も黒の地味なパンツスーツだ。本当はウィッグもしようかとかなり迷ったが、頭が蒸れるかと思い結局やめた。

 でもこの格好であれば、万が一社内ですれ違ったとしても、あの夜に会った同じ人物とは流石に彼も気づかないだろう。

 うんうんと自分に言い聞かせながら、不安を振り払うようにコツコツと正面玄関へと歩いた。
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