復讐は溺愛の始まり 〜一途な御曹司は愛しい彼女を逃がさない〜
 涙目で彼を見上げた。

 「お、お願い……。私に、さ、触らないで……」

 少しでも肌が触れ合っただけで、彼が恋しくなってしまう。また彼が欲しくなってその胸に縋りつきたくなる。

 「自分が今どんな顔をしてるかわかってるのか?」

 彼は苦しそうに顔を歪めると、いきなり私を胸に抱き寄せた。シャツ越しから彼の力強い鼓動が聞こえる。

 「そ、それは、媚薬がまだ体に残ってて……」
 「君の中に残ってるのは、本当に媚薬だけなのか?」

 真剣な瞳が、問いかけるように私の心の奥底まで覗き込んでくる。その時──…。


 コンコン


 ドアをノックする音が部屋に響いて、私は慌てて体を彼から引き離した。

 「社長、鞍馬です。決裁書をお持ちしました」

 第一秘書である鞍馬さんの声がドアの外から聞こえる。彼は少し苛立たしげに髪をかきあげると、小さく息を吐き出した。

 「……わかった。悪いが5分ほど待ってくれ」 
 「かしこまりました」

 鞍馬さんの去っていく足音が聞こえる。私は震える手で机の上に置かれた書類を掴むと、ぺこりと頭を下げた。

 「あ、あの、資料ありがとうございましたっ」
 「逢莉!」
 「し、失礼します……!」

 背後から呼び止める声を無視して、私は社長室から飛び出した。


 (もう無理……。彼と一緒には働けない……ここではもう働けない……)

 書類の束を抱えたまま、はぁはぁとトイレまで駆け込んだ。鏡を見ると、涙で潤んだ困惑したような瞳が自分を見つめ返す。

 (どうしたらいいの……?)

 心がかき乱されて自分でもどうしたらいいのかわからない。でもこのままじゃ、きっと私は彼を好きになって後戻りできなくなってしまう。

 こんな住む世界が違う大企業の御曹司に恋をして一体何になるんだろう。しかも彼は契約先の雇用主だ。こんな気持ちを抱いたまま、ここで働くことなんてもうできない。
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