嘘つきと疫病神
 有無を言わさない勢いで手を引かれるままに店内を移動すると、男の子に開けた場所にある機械と椅子の前に連れられた。そのまま無言で椅子に座らせられ、男の子はその機械の傍に寄る。

「この店は代々写真館をやってるんだよ」

 突然男の子はそう前置きをして語り出す。椅子に座ってぽかんと口を開けたまま固まる自分のことなどお構いなしに、男の子は機械に触れて優しく微笑んだ。
 その仕草は何かを本気で愛している人が見せる表情だと、知らないはずなのに知っているかのような錯覚を感じる。

「とは言っても、ばあちゃんの代からなんだけどね。俺のじいちゃんが起業してさ、始めは客足も多くて繁盛していた。でもじいちゃんが死んで一回は店を閉じだんだけど、一人になったばあちゃんの元で暮らすことになってさ。それから写真っていうものが身近な生活になったんだ。するとさ、写真の良さっていうのに気づいちゃったんだよ。ばあちゃんが写真を撮れば、撮られたお客さんは笑顔で帰っていく。その様子を見ているだけで俺は幸せだった」

 語り口調は優しく穏やかで、昔の思い出に酔いしれているようだった。自分の知らない男の子の過去、知る必要など無いはずなのに異様に気になる。この気持ちの正体が何なのか今はまだ気づきたくないと蓋をした。

「俺さ、写真家になりたいんだ」
「しゃしんか……?」

 聞き慣れない言葉だ。聞き慣れないと言っても世間知らずなのは自分だけで、男の子にとっては大して珍しくもないのだろうけれど。
 店に入ってからというもの、ぼんやりとしていて何にも興味を示していなかった。そんな自分が“写真家”という言葉に反応を示したからか、男の子は強く頷くと無邪気な笑顔を向けた。
 どくんと心の臓が脈打つ。頬が火照り、心の臓が継続的に激しく脈打つ。
 動きすら見せていなかった心臓が、男の子の笑顔を見ただけで激しく動き出した。自分の中で何かが変わっていく感覚、バラバラになっていたはずの欠片が一つ一つ繋がっていくようで。

「いつか大人になったら、この店を継いで町でも噂されるくらいの写真家になるんだ。人々の思い出を写真として残して、この先もずっと語り継がれることが当たり前になるように」

 名前も年齢も知らない男の子の何気ない将来の夢の話。聞いているだけならば興味など湧かないであろう話なのに、何故だかもっと聞いていたいと思う。もっとこの男の子のことを知りたいと思う。
 出会ったばかりで今すぐにでも離れて行ってしまうかもしれない相手。それなのに向けられる無邪気な笑顔をずっと見ていたい、そう思ってしまった。

「なれるよ、きっと」

 自分に夢なんてものはないと思っていた。将来のことは愚か、明日に対しても希望を抱けない。つまらなくて退屈で、孤独な日々を過ごしてきた。
 けれどこの男の子に出会って将来の夢の話を聞いてから、彼の明日をこの目で見たいと思う。見届けたいのだ、いつか彼が町で噂されるくらいの写真家になる日を。

「ありがとう」

 彼の笑顔に何度救われたのだろう。貼り付けた愛想笑いなどではなく、心の底から咲かせた満面の笑みが瞼の裏に刻まれたようだった。
< 12 / 153 >

この作品をシェア

pagetop