嘘つきと疫病神
 蕗には、目の前の光景が見たこともない映画を見ているように感じた。初めから用意されていた台本を洸希が読み上げ、初めから決められていた反応を仁武が演じる。
 そう思わないと、あまりにも洸希の言葉が鋭く現実味を帯びていなかったのだ。

「一度吐いた嘘は二度と取り消すことはできねえ。お前は幾つもの嘘を抱えて、この先一生嘘つきとして生きていかねえとならなくなる。お前がしていることは、お前が言ったことは、殺人と同じなんだよ」

 蹲り青白い顔を上に向ける仁武、そんな彼を上から見下ろす洸希。この光景は、幼い頃の虐めっ子と虐められっ子の関係を再現しているようだった。
 最初から全て嘘だったならば、彼らが出会うことも、蕗が彼らに出会うこともなかったのだろうか。

 辛い、苦しい、悲しい、痛い、見たくない、聞きたくない。

「こんな思いをするなら、仁武が苦しむなら、私、あの時に死んでおくんだった」
「ふ、き…………?」

 仁武の力ない声が聞こえた気がして顔を上げると、目の前が涙で歪んでいた。
 洸希の驚きに満ちた視線を頭上から感じても、蹲って同じ目線になった仁武から目を離せない。離してはいけない気がした。

「母さんが死んで独りになった時、私、死のうとしたの。家の裏に井戸があって、中には水が残っていた。それでね、思っちゃったんだ。この中に入れば、死ねるんじゃないかって」

 二人の視線が真っ直ぐと降り注ぐ。何故だかその視線が、今は嬉しいとさえ感じた。誰かが自分を見てくれている、生きている自分が誰かの瞳に映っている。その事実が今はただ嬉しいと感じるのだ。
 都合のいい解釈で自分を騙さないと、二人に向けられる視線に押し潰されそうになると気づかないために。

「でも、私は生きてる。今も生きてる。死のうと思ったけど、生きるために町に降りた。そこで仁武に出会って、新しい世界を知った。これが、どういうことか分かる?」

 死のうとした過去が消えるわけではない。疫病神だと卑下されて、罵倒されて、虐げられた過去が消えるわけでもない。
 それでも、生きようと抗った。生きるための方法を模索した。
 全ては、生まれながらに与えられた生きるという権利を全うするため。

「軍に入ろうと、病気になろうと、私達は生きていていいの。生きるべきなの。死んでいい人なんていない。ましてや死ぬために何処か遠くへ行っていい人なんて、この世界の何処にもいないの」

 藍色に染まり出した空の下、不自由な世界で生きる少年少女は生きたいと願った。
 いつか訪れる終焉。人はいつか死ぬ。けれどそれは今ではない。
 与えられた人生という時間を満足するまで生きることは、人間として生まれた限り誰にでもあるもの。
 奪っていいものでも奪われていいものでもないのだ。

「生きようよ、精一杯」

 莫大な金銭が欲しい訳では無い。迷ってしまうくらいの大きな邸宅が欲しい訳でもない。名声、地位、美容姿、富、そんなものはなくたっていいのだ。
 ただ共に、笑って、泣いて、怒って、ぶつかり合って、生きる時間が欲しいだけなのだ。
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