野いちご源氏物語 〇五 若紫(わかむらさき)
 (みやこ)に戻った源氏(げんじ)(きみ)は、まず参内(さんだい)して、(みかど)にこの何日かのことをご報告なさった。
「ひどくやつれたのではないか。有名な山伏(やまぶし)というのはどうだった」
 まだ心配そうでいらっしゃる。源氏の君は山伏について詳しくお話しになった。
僧侶(そうりょ)として高い身分に()くべき人だ。それほどの力があるのに、どうして今まで身分を与えられていなかったのだろう」
 帝は感心しておっしゃった。
 ちょうど左大臣(さだいじん)も参内なさっていた。
「私も北山までお迎えにあがろうかと思いましたが、ひそかなお出かけだったようですから遠慮(えんりょ)いたしました。さぁ、我が家で一日二日ご養生(ようじょう)なされませ」
 このまま私の乗り物でお送りいたしましょうとおっしゃるから、源氏の君は気乗りしないけれど退出なさった。左大臣は先に源氏の君をお乗せして上座(かみざ)をお(ゆず)りになる。婿君(むこぎみ)としてそこまで大切にされると、源氏の君はさすがに(しゅうと)を気の毒にお思いになった。

 間もなく源氏の君がお越しになるということで、左大臣(さだいじん)(てい)完璧(かんぺき)に準備されている。源氏の君がしばらくお通いにならないうちに、ますます(みが)かれ、何もかもが整然(せいぜん)としていた。
 奥様はあいかわらず源氏の君にお会いになることを嫌がっていらっしゃる。部屋に閉じこもっているのを左大臣がなんとか説得なさって、やっとお出ましになった。
 まるで絵に描いた姫君のよう。とてもお美しいのだけれど、何かおっしゃるどころか身じろぎもなさらない。ただただきちんと座っていらっしゃる。
<北山の寺や行き帰りで経験しためずらしい話をしたいが、期待するようなお返事はしていただけないだろう。結婚して六年になるのに、年々ご態度が冷たくなっていく>
 源氏の君はおつらくて、つい、 
「たまには妻らしい態度をなさってください。病気の具合さえ尋ねてくださらないのは、いつものこととはいえ、やはり悲しいのです」
 と言ってしまわれた。
「めったにこの家を訪ねてくださいませんのに、妻らしく尋ねよとおっしゃいましても」
 奥様は冷たいお声でおっしゃる。()おされてしまうほど気高くお美しい。

「やっとお声が聞けたと思えば、なんということを。私たちは世間から認められた正式な夫婦ですよ。訪ねる頻度(ひんど)が問題になるのは不安定な恋人関係の場合でしょう。あなたの冷たいご態度は、私が誠意をお見せすればやわらいでいくはずだと信じてこれまでやってまいりました。だけれどあなたはどんどんご冷淡(れいたん)になっていかれる」
 源氏の君は立ち上がって寝室へ向かわれた。途中で奥様をふり返っておっしゃる。
「よろしいのですよ。せいぜい私は長生きして、あなたのお心が()ける日をお待ちしますから」
 奥様はすぐにはついていかれない。お声をかけるのも面倒で、源氏の君はため息ばかりを()らされる。わざと眠そうにして、いろいろな女性たちのことを思い出しながらひとりで横になっていらっしゃった。
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