野いちご源氏物語 〇五 若紫(わかむらさき)
 源氏(げんじ)(きみ)北山(きたやま)で見た少女のことをお忘れになれない。
尼君(あまぎみ)が年齢がまだ足りないと思われるのも当然ではある。難しいな。大げさにせず二条(にじょう)(いん)に引き取れないだろうか。手元でかわいがって心の(なぐさ)めにしたい>
 かわいらしかった姫君(ひめぎみ)の顔を思い出される。
<父君の兵部卿(ひょうぶきょう)(みや)は、上品ではいらっしゃるけれど花のような美しさはおありでない。その点では、父宮(ちちみや)よりも叔母(おば)であるあの方(・・・)に似ておいでだった。宮とあの方(・・・)同腹(どうふく)のご兄妹(きょうだい)だからだろう>
 そうなるとますます手に入れたい。

 都に戻った翌日、源氏の君は北山へ手紙をお送りになった。僧都(そうづ)にはさりげなくほのめかすだけになさったけれど、尼君(あまぎみ)へはもう少し()みこんで、姫君のことをお書きになった。
「ご相談申し上げたときにとんでもないというご様子でしたので、心のうちを十分にお話しすることができませんでした。私の真剣な気持ちをお分かりいただきたく存じます」
 この尼君()ての手紙とは別に、小さく結んだ手紙も包み紙の中に入っている。姫君へのかわいらしい恋文(こいぶみ)だった。
 尼君が広げてごらんになると、
「あなたの面影(おもかげ)が頭から離れません。どのようにお過ごしでしょうか。都に戻っても、私の心は北山に(とど)まっております」
 とある。筆跡(ひっせき)はもちろん、手紙のちょっとした包み方にさえ(ろう)女房(にょうぼう)たちは感動する。
<こんな立派なお手紙にどのようにお返事したらよいものか。いえそんなことよりも、源氏の君が姫をご覧になったというのは本当だったのか>
 尼君は悩みながら返事をお書きになる。
「昨日のご出発間際(まぎわ)のお手紙はご冗談(じょうだん)かと思っておりました。こうして重ねておっしゃいますと、かえってお返事の申し上げようがございません。あの子の姿をご覧になったのでしたら、幼い子どもだということはお分かりのはずでしょう。お手紙を頂戴(ちょうだい)いたしましても、まだ(つづ)()も満足に書けない子どもでございます。幼いころにいただいた(はかな)いご愛情を、末永くお頼りできるのかどうか、私は不安で」

 僧都からの返事も似たようなものだった。話が一向(いっこう)に進まない。もどかしくて、源氏の君は惟光(これみつ)をお呼びになった。
「姫君の乳母(めのと)に会ってまいれ。まずはそなたが乳母を味方につけるのだ」
 惟光は源氏の君と一緒に姫君を垣間(かいま)()している。
<あんな幼い子どもにまでご興味を持たれるとは>
 少女の泣き顔を思い出しておかしくなってしまった。
 惟光は北山の僧都の屋敷へ行き、僧都に源氏の君からの手紙をお渡しした。僧都は丁寧な手紙に恐縮(きょうしゅく)する。
 それから姫君の乳母を訪ねると、源氏の君のことをお話しした。姫君に対しての真剣なお気持ちや、普段のお暮らしぶりなどを熱心に語る。もともと話し上手な人だから、さもお似合いのご(えん)のようにあれこれと言った。
<幼い姫相手に、どういうおつもりなのだろう>
 乳母から報告を受けた尼君や僧都は困惑(こんわく)なさる。
 惟光は尼君への手紙も預かってきていた。包み紙の中には、また姫君への恋文が入れてある。
「続け字の練習をなさっているそうですね。一文字一文字離して書いたものでも(かま)いませんから、どうぞお返事をください。あなたのことをいつも考えていますよ。私をお嫌いにならないでくださいね」
 と優しく書かれていた。尼君が返事をお書きになる。
「あなた様にお(まか)せしたあとで、『こんなはずではなかった』と後悔(こうかい)することになっては困るのです。あの幼い子どもに本気でいらっしゃるとはとても思えません」

 惟光は気の毒そうに源氏の君にご報告する。
「乳母は、『尼君のご体調が快方(かいほう)に向かって、都のお屋敷に戻られましたころ、またあらためてご連絡を差し上げましょう』と申しておりました」
 その程度の約束ではあまりに頼りない。
<いったいいつになることやら。うやむやにされてしまうのではないか>
 と気を()んでいらっしゃる。 
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