僕の10月14日

 10月になった。バイクにも乗れるようになったので、10月14日に僕はコスモス街道に行くことにした。倉本を誘おうかとも思ったけど僕は一人で行くことにした。
そして、この旅で彼女のことに区切りをつけようと考えていた。


 関越道で行くか、中央道で行くか悩んだが、僕は中央道で行くことにした。
 朝まだ明るくなっていない5時に家を出た。都心は保々トラックしか走っていなくゴーっというトラックの音がやけに響いた。甲州街道を調布まで行き、中央道に入った。そしてとにかくひた走った。八王子、勝沼と過ぎ、韮崎で中央道を降りた。インターを降りると直ぐに建物が無く、道は急に地方に来たことを実感させた。朝の道は近くの農家の軽トラが多く走っていた。そして徐々に標高が高くなり、緑もさらに増えた。僕はコンビニにバイクを止め、ヘルメットを取り久しぶりに空気を吸った。空気が濃いと感じた。草の匂い、なんか枯れている匂い、土の匂い・・・様々な匂いが僕の鼻の中に飛び込んできた。

 鮭と昆布のおにぎりとペットボトルの温かいお茶を買った。自分でもジジ臭いチョイスだと思ったが何だか今日はこれが良かった。食べながら華菜ちゃんとベンチで食べたチョコのことを思い出した。退院したらとびきり美味しい外国製のブランドチョコをプレゼントしようと思っていたのに・・・それも出来なかった。なんだか僕は当分チョコが買えない気がした。
 ずっとここにいると動けなくなる気がしてきた。早くコスモス街道に行きたいと思う気持ちと行ってしまったらこれで終わりなのかという気持ちとの間で揺れ動いた。

― でも・・・でも、コスモス街道に行かなくては・・・


 ゴミ箱に食べ終わったおにぎりの包みとペットボトルをちゃんと分類して捨てて、僕はバイクを始動させた。

 しばらく走らせるとようやくコスモス街道の看板が見えた。既に道端にはコスモスが咲いている。薄いピンク、濃いピンク、そして・・・白いコスモスも・・・。途切れることなく咲き誇るコスモスを見ながら僕はスピードを少し緩め走った。

 少し行くとコスモスがあたり一面に咲いている場所があった。僕はそこに吸い込まれるようにバイクを止めた。 
そこら中がコスモスだった。僕はそのコスモスの中に分け入った。

― ここを歩いていけば別世界に行けるかな・・・・

そんなことを考えながら僕はコスモスの中をただひたすら歩いた。どこまでも・・・どこまでも・・・


 ふと前を見ると・・・僕の前には白い服を着た黒髪の女の子が楽しそうに歩いている。僕は必死に彼女を追った。なかなか追いつけない。それでも僕はひたすら彼女を追った。風になびく彼女の服や髪を見ながら・・・追いかけた。そしてついに僕は彼女の髪に触れた。


・・・やっと・・・僕は彼女の手を掴み、彼女を抱き寄せた・・・
・・・おもいっきり・・・抱きしめた
・・・放したくない・・・僕は彼女の頭を引き寄せた
・・・彼女の髪の毛が僕の手に絡んだ・・・
・・・僕の心臓は激しく鼓動した・・・その気持ちが彼女にも伝わっていると思った・・・
・・・しかし・・・彼女は僕の手をすり抜け、また僕の前を風に乗って走って行った・・・
・・・そして彼女は、突然僕の方に振り向き・・・
・・・満面の笑みで手にいっぱい持った白いコスモスを空に振りまいた・・・



 気が付いた・・・
― ああ・・・・・・・夢・・・
ー 夢でもいい・・・ずっと、ずっと彼女を抱きしめていたかった・・・
ー 夢ならさめたくなかった・・・
ー なんで、僕はさっき手を放してしまったんだ・・・
ー ああ・・・・


 
僕はその場に座り込んだままボーっとしていた。
何時間経ったのだろう。あたりは薄暗くなっていた。



静けさの中、ライン着信音が響いた。

『おーい。彼女に会えたか? ちゃんと帰って来いよ~』

倉本だった。



― 華菜ちゃん・・・来年・・・10月14日にまた来るね・・・
― 今度は君に倉本を紹介するよ・・・
― また・・・会えるよね・・・
― 僕の・・・僕の・・・白いコスモス・・・




『はいよ~ これから帰るぞー』


                            完
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