訳アリママですが、敏腕パイロットに息子ごと深愛を注がれています。


 陽鞠はきょとんとして「どういう意味ですか?」と聞き返す。
 あの時アパートの前まで送ってもらったのに、ちゃんと部屋に入ったかとはどういう意味なのだろう。


「いやだから、きちんと家に入るまで見届けなかったことを何となく後悔して。そう思ったら部屋の明かりがついてるのか、気になってしまったんだ」
「それだけ、ですか?」
「明日からローマへのフライトなんだ。顔が見られると思ってなかったけど、どうしても気になって戻ってしまった。結果的に戻って来てよかった」


 永翔は陽鞠の腕を引いて引き寄せると、腕の中に包み込む。
 抱きしめられていると気づくまで、陽鞠には数秒かかった。


「陽鞠も叶空くんも無事でよかった」
「……あ」


 自分はまだ既婚者だ。こんな風に永翔に抱きしめてもらってはいけない。
 今すぐにでも振り解かなければならないのに、できなかった。
 それどころか優しく抱きしめられていると涙が込み上げてくる。


「ふ、う……っ」
「もう大丈夫だよ、陽鞠」


 永翔の甘くて優しい声がまた涙腺を崩壊させる。
 あのまま叶空と引き離されるかと思うと、怖かった。あんな最低な男に叶空を奪われていたかもしれないと思うと、恐ろしくてたまらなかった。

 あんな人と結婚してしまったせいで最愛の息子を奪われるのかと思うと――涙が止まらない。

 まるで子どものように泣きじゃくる陽鞠を、永翔は落ち着くまで抱きしめ続けてくれた。


< 56 / 92 >

この作品をシェア

pagetop