遣らずの雨 上
『酒向君、BARでもう一杯飲まない? 
 話したいこともあるし。』


ドクン


明らかに邪魔なのは私だ‥‥‥。


最後の日なら、尚更2人で居たい
はずだから早く帰らないと‥‥。



「あ‥‥わ、私も帰りますね。
 お疲れ様です。」


名駅に近い場所だった為、2人に
お辞儀をすると背を向けて歩き始めた。


なんとなくあのお似合いの2人を
これ以上見ているのもツラかったし、
もっと早く駅に向かえば良かった‥‥



『新名、待って‥‥送ってくから。』


えっ?


後ろから肘のあたりを掴まれ振り返ると
酒向さんがやっぱりそこにいて、
少し先にこちらを見て立つ宮川さんと
目が合った。


なんで‥‥2人で飲みに行くんじゃ‥


「私は1人で」


『うん、でも今日は新名と
 話したい‥‥。』


酒向さん‥‥‥


真っ直ぐ見つめてくる綺麗な顔から
目を逸らせず、通りすがる人達が
私達のことをジロジロと見ていることに
気付き落ち着かなくなる


ただでさえ酒向さんは目立つなのに、
こんな駅通りの真ん中に居ては
気が休まらない



「‥わ、分かりましたから‥
 は、離してください‥‥‥
 宮川さんとは‥いいんですか?」


『ん‥‥断ってきたから大丈夫。
 一緒に帰ろう。』



でも‥‥まだこっちを見て‥‥えっ?


暗かったからハッキリとは見えてない
けど、タクシーに乗り込む前に宮川さん
が確かに私を見て笑った



『新名、ゆっくり話をしたいから、
 俺の家に連れてくけど平気?』


「えっ?さ、酒向さんの家!?」


私の家には何度も来てくださっては
いるけど、酒向さんの家!?


急に緊張感が増してきたのか、
心臓の音だけがドクドクと動き、
脳裏にまで響いてくる。


『何もしないよ、話をしたいだけ。』


「‥‥分かりました。」


駅に2人で歩いて向かい、そこから
タクシーに乗り込むと、狭い車内で
隣に座る酒向さんの存在に落ち着かず
ソワソワしていた


話って‥‥何の話?


この間の雨の日のこと?


忘れていた訳ではないのに、色々
考え過ぎてしまい頭の中がキスをした
日のことでいっぱいになる


『フッ‥‥‥やっと話せるな。』


ドクン


シートに置かれた私の左手を握る温かい
酒向さんの手にそっと隣を見上げると、
嬉しそうに笑う整った綺麗な顔に、
暗闇で赤くなったに違いない‥‥
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