遣らずの雨 上
『どうぞ‥‥。
 すぐにクーラー入れるよ。』


‥‥‥なんか‥‥なんだろう‥‥‥
思ってた家と違う‥‥‥


ハイスペックで大人な酒向さんだから、
高級マンションやタワーマンションに
済んでそうなイメージだったのに‥‥


「‥‥‥お邪魔します。」



和風な平屋の建物の引き戸をカラカラと
開けてくれる酒向さんに頭を下げて
玄関に足を踏み入れると、旅館に
来たような内装にホッとしてしまった。


ここが大理石のようなピカピカの
空間だったら緊張して落ち着かなかった
だろうな‥‥


『新名、こっちにおいで。』


廊下を進み障子を開けた先は、
畳の井草の香りがする素敵な和室が
あった。


「ここに住んでるんですね‥‥
 なんか羨ましいです。」


名古屋も騒音や、ビルの光が眩しくて
夜でも遮光カーテンが必須だけど、
ここは静かでとても落ち着く。


『身内の持ち家でさ、中もリフォーム
 してあって綺麗だったから、
 異動が決まった時に見に来て即決
 したんだよ。和室って新鮮でさ。』



ネクタイを緩める仕草にもドキッと
せずにはいられず目を逸らす。


私‥‥今更だけど‥‥酒向さんが
住んでいる家に居るんだ‥‥。


20畳程の広さの空間は半分は和室で、
もう半分は板の間でダイニングキッチン
になっていて、昼間は縁側からきっと
暖かい日差しが差し込む空間なんだろう
と想像できる。


都会暮らしの酒向さんからしたら、
アパートやマンションではない
こんな暮らしが落ち着くのかな‥‥



私の家なんてジャングル化してて、
この空間からしたら全く落ち着かなかっただろうに、今更だけど申し訳なくなる


『はい、温かい焙じ茶。
 好きなところに座って?』


「はい‥‥ありがとうございます。」


無垢のパイン材だろうか‥‥
大きめの丸いちゃぶ台も可愛いし、
井草の厚みのある座布団もオシャレだ


『フッ‥‥落ち着く?』


「えっ?あ‥‥はい‥‥こんな素敵な
 所に住めて羨ましいです。」


『そう言ってもらえると嬉しいよ。
 落ち着いて新名と話がしたかった
 からね。来てくれてありがとう‥』


ドキッ


何をしにここに来たのかを忘れては
居なかったはずなのに、改めて
そう言われたことで両手に力が
無意識に込められる


『まずは‥‥宮川さんの事で
 何か聞きたいことはある?』
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