資格マニアの私が飛んだら、なぜか隣にこどもと王子様が寝てました
「嫌だ」
その言葉に驚いたのは、私だけではなかった。
「え、嫌? ダメとかじゃなくて? 嫌って言ったの。兄上が」
「そうだ。……エナ」
「……え……っ」
――行くな。
「夫だからだとか、王子だからとかではない。行かないでくれと、俺が乞うている。……頼む」
請われている。
それが大袈裟な表現ではないと、伝えてくれる瞳を見るので精一杯だった。
ううん、一度その瞳を見てしまえば、もう逸らすことができなくなる。
自惚れじゃないなら、そんな熱の籠もった視線にただ頷くしかできない。
「……驚いた。本当に兄上だよね? 中身が別人ってことはない? 」
「とにかく、残念だったな。俺は国の為に妻を売らない。自分の為に側にいてほしいと思う、ただの男だったようだ」
私への揶揄を跳ね返し、ユーリはエインを見据える。
その視線を無表情に受け止めたエインは、遅れてにこりと笑った。
「了解。あー、残念だな。エナ様は、揺れてくれたみたいだったのに」
「それは、俺のせいだ。そんなもの、エナに測らせるな。自分の価値を軽いと判断させて、傷つけるのか。まるで、誰かがやったことと同じだな」
「……そうだよ。僕は王様でも第一王子でもないから、許されないのかな」
国王と、エインのお母様。
彼女に気持ちがあったのかは不明だけれど、国王に言い寄られて断れなかったのだろうか。
「まあでも、仕方ない。生まれや身分は選べないから。でも、気をつけた方がいいよ」
――あの人は、悪魔だ。
「エナ様やノアだって、このままじゃ危険だ。僕を城に受け入れたのだって、愛情はおろか、善意や申し訳なさ、憐れみですらない」
「……血の他に、俺たちに何の利用価値がある」
「今のところ、兄上にはないかもね。でも、生まれながら僕にはあった。どういうことか分かる? 」
「まさか」とユーリの唇が小さく動いた直後、最初からすべて言うつもりだったかのようにエインが続けた。
「僕も、ノアと同じ」
「……っ」
ノアくんと同じ。
それは、つまり――……。
「更には、僕の母もね。分かるでしょう? 僕がノアを愛しく思う気持ちが。それにしても、どういうことだろうね? 兄上にはそれがないのに、ノアには僕と似たものがある」
「……ノアは、エナと俺の子だ。可愛がってくれていることには礼を言うが、不愉快な勘繰りをさせようとするな」
「別に、お礼はいらないよ。可愛いと思うから可愛がるだけだ。ノアも、エナ様も」
「ユーリ……!! 」
掴みかかるのを見て声を上げたのは私だけで、エインには動揺も怒りも見受けられない。
「なぜ、殴らない」
低い声も、いつもと違う口調もあまりにも冷たくて恐ろしい。
不思議だけれど、そのくせ普段のにこにこしたエインよりも感情が見える気がして悲しくなった。
「失礼しました、エナ様。でも、僕は貴女を軽んじたわけでも支配したいのでもないんです。……貴女が手を伸ばしてくださったなら、いくらでも証明できるのに」
「……ユーリ……!? 」
エインの申し出には、首を振ることしかできない。
それ以上に何を言えばいいのかと考える間もなく、ドアの外が騒がしくなった。
さっきの私の声を、外にいたレックスか聞きつけたようだ。
「本当に、愛しいんですよ。だから、伝えた。貴女に害があるのは、僕だって嫌なんです」
交換条件を呑むことなく、教えられた情報の欠片。
それを繋ぎ合わせようとする私にふと笑って、ノアくんの頭をひと撫ですると、エインは部屋の外へと出て行ってしまった。