資格マニアの私が飛んだら、なぜか隣にこどもと王子様が寝てました
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幸いと言うか当然と言うか、クッキーの作り方は現代日本と同じだった。
ノアくんも手伝ってくれたのには騒然となったけど、楽しんでくれたからよかったと思う。
すごく真剣な表情で、混ぜたり捏ねたりしていたかと思えば、焼き上がったものを見て目をキラキラさせて、頰を薔薇色にして。
ジルも手伝ってくれたおかげで、本人も納得のいく出来だったみたい。
ともあれ、こうして、本日の不思議なお茶会が催されることになった。
「本当に、ユーリ様はよかったねぇ。素敵なお姫様を見つけて」
念の為、ノアくんとクッキーを半分こして、私が先に食べるという動作を繰り返していると、年配の女性が言った。
「……だったら、いいんだけど……。でも、今日のことは、もちろん私だけが叱られるから。何か言われても、私が無理やり命令したって言ってね」
直球すぎる皮肉かと思いきや、どうやら彼女は本気で言ってくれているようだ。
半分こまで楽しんでくれているノアくんを、優しい目で見てくれている。
勝手なことをしておいて、信用していないと言っているようなものなのに、嫌な顔をしないでくれるのが有り難い。
「籠の鳥だって、息抜きは必要ですよ。こんな奥様なら、安心だ。ユーリ様が小さな頃からお仕えしているけど、ご自分も苦労されたから。ノア様のことはとても可愛がられていてよかったと思う反面、不憫でもあって」
「……そうだったんだ」
愛されなかったのは、エインだけではなかった。
両親の側にはいられたかもしれないけど、だからこその辛さがきっとあったんだ。
「あれは、おいくつくらいのことだったかしら。臥せっていらして、しばらくお見かけしないこともあったし。その後お元気になられて安心したけど……ご様子も少しおかしくてね」
「初耳だな。そんなことがあったか」
「まだお小さかったもの。レックス様と会う前じゃないかね」
ノアくんを間にしてしれっと着席して、お茶菓子を頬張りながらレックスが口を挟む。
それもそうか、レックスも生まれてからずっと一緒にいるわけじゃないんだ。
「ふーん。あの父に母だもんな。おまけにこの環境じゃ、心を病んで当然か」
「失礼なことを言うんもんじゃないよ。何のご病気だったかは知らされなかったけど、お辛いとは思う。だから、エナ様が噂と全然違ってよかったと言ってたとろだ」
「……よかったのは、私の方なの」
余計なことが漏れてしまって、慌てて口をつぐむ。
心底驚いたというようなレックスとバッチリ目が合い、気まずくなってノアくんへと視線を移した。
(……何も知ろうとしてなかった。こういうものだと、自然にすべてを受け容れすぎていた)
ここは確かに、私のいた世界とは違う。
私の身に起きたことを言葉で簡単に表現するなら、これを異世界転生と呼ぶのかもしれない。
でも、彼らだって生きているのだ。
憧れるような煌びやかな生活の裏で、ユーリだって苦しみや焦り、悲しみといった負の感情を抱えている。
(完璧と思えるような境遇でも、本人には完璧だとは限らない)
もっとユーリを知りたい。
一人で苦しんでいるものに触れたい。
そう思うのは、自己満足に過ぎないと分かってるけど――…………。
「あ」
「……っ……!! 」
考え事をしている間に、ノアくんの「あ」が聞こえた直後。
レックスとノアくんを除いて、皆の背筋が急にピシッと伸びたと思ったら。
「そろそろ顔が見たいと思って部屋に寄ったのに、姿がないと思って心配したよ。俺の愛しい妃」
(……笑顔、怖っっ……!! )
嘘くさい口調なのに、それが本当でかつめちゃくちゃ怒っているのが分かる、ものすごく美しくて甘くて恐ろしい笑みを湛えたユーリが、いつの間にかそこに立っていた。
「ごっ……め、んなさい。あの、私が無理を言って、その。とにかく皆悪くないの」
「分かってる。窮屈な思いをさせているのは、俺のせいだ。でも、一言くらい言ってくれてもいいのに。部屋がもぬけの殻でどれだけ不安だったか、俺がどれだけ君を愛しているか、まだ全然伝えきれてなかったかもしれない」
「あ、いやぁ……ご心配をお掛けしたのは申し訳なかったのですけど、その。ね、父様がノアを大好きなのは、知ってるものね」
「君はイマイチ分かっていないようだけど? ……いや、それも俺が悪い。上手く表現できていなかったってことだからね。ということで」
――たっぷり、教えてあげる。
「休憩時間で済むのか? お早いな。あ、ちびは預かろうか」
「うるさい。下品なことを俺の妻子に聞かせるな」
ノアくんを抱き上げると、器用に私の手を掴む。
レックスが言うような、そんなことにはならないに決まってるけど。
(予定より、随分早いお叱り……)
それは、確定。