資格マニアの私が飛んだら、なぜか隣にこどもと王子様が寝てました
(うわ……めちゃくちゃ不機嫌)
でも、それも当然だ。
部屋で大人しくしていた方が、まだ安全に決まってる。
矢を射掛けられたあの日とは違って、今は警備体制もより強化されている。
「ああ。母様を守ってくれてありがとう」
両手を上げて任務達成を報告するノアくんの頭を撫で、ユーリは我が子をそっとベッドに降ろした。
「それで、気分転換はできたのか」
「えっ? ええ、それはもう」
「そうか。お前が無事ならいい。……と言いたいところだが、次からは事前に知らせておいてくれ。……恐ろしかった」
言っておいて照れたのか、背けた顔が赤い。
そのプイッがほんのちょっと、ノアくんに似ていて――いや、もちろんノアくんがユーリに似てるんだけど――何にしても可愛くて、思わず頬が緩んでしまう。
「ん」
笑われてますます機嫌を損ねたユーリは、ノアくんそっくりに一文字で何かを伝えだした。
「……俺には? 」
「…………は…………」
(……って、まさか、クッキー?? )
「〜〜っ、笑いすぎだ……!! 」
「だって、可愛っ……ん……」
あのユーリが、妻子の手作りクッキーを欲しがって拗ねるとか。
ユーリは顔を真っ赤にして怒るけど、別に馬鹿にしたわけでも、そんなに面白かったのでもない。
人間、可愛いものを見ると無意識に笑っちゃうものなのだ。
「酷いうえに、無礼だな。お前は」
「そっちこそ失礼ね。私はどっちでもないわよ」
うるさいと口を塞がれ、今度は私が真っ赤になる番だ。
「レックスには食わせて、夫には何もなしか? つれないを通り越して腹立たしい」
言葉とは違って、あくまでも優しくキスをされれば、私も素直にならざるを得ない。
「……本当は、ちゃんとラッピングしてから渡すつもりだったのに」
こっそり持ちかえったそれを見せると、あれだけ言っておきながら、そんなに驚かなくてもいいのに。
「ノアくんと一緒に作ったのは、こっち。もちろん、味も見た目もプロが作ったレックスの分の方が優れてるけど。その、ノアくんが作った特別感は……」
「お前も、だろ。……ありがとう」
もう何度目かの口づけが贈られ、さすがに嫌気が差したのか、邪魔するようにノアくんがユーリによじ登る。
「ノアもだって、言ってるだろ。ありがとな。楽しかったか」
「はい」と抱っこを強請られ、苦笑しながらも応じるユーリは、ただのお父さんだ。
「……エインの言うことも正しい。ノアは、こういうことの方が好きなんだろうな。剣の玩具や戦記を読み聞かせられるよりも、お菓子を作ったり編み物を見たり、絵を描いたりする方が。分かっていたのに、気づかないふりをしていた。昔の自分を思い出すからだ」
『臥せっていらして、しばらくお見かけしなくて……』
身体が弱かったのかな。
好きでもないことを強制的に学ばされ、苦しんだのかな。
エインの言うことも、確かに正しい。
でも、ユーリだって自分の二の舞にならないように、必死でノアくんを守っている。
「俺は辛くない。記憶がないんだ」
考えを読んだのか、ユーリが安心させるように私の髪を梳く。
辛くなければ、嫌な記憶は消えてはくれない。
そしてそれは、余程苦しみ抜かないと訪れてはくれないものだと思う。
「比喩として言ったんじゃない。文字どおり、俺には記憶が抜け落ちている部分があるんだ。いや、この言い方も正しくないか」
――俺こそ、本当は正式な王位継承者ではないのかもしれない。
「俺には、子どもの頃の記憶がまるでない。だから、自分の出自が疑わしいとずっと思っていた。エインが城に来ることになったのも、もしかしたらその証明ではないかと俺はそう思ってる」
――だから、討たれそうになったのではないか、と。