資格マニアの私が飛んだら、なぜか隣にこどもと王子様が寝てました
記憶がない。
何かの事情があって忘れてしまったのだと思われたが、ユーリによればそれもピンとこないのだと言う。
「気がついたら、自分が何者なのか分からないままこの城にいた。王子である記憶どころか、俺は本当にユーリという人間なのかも思い出せない。本当に、ただの空白なんだ」
難しい話が始まって退屈なのか、いつの間にか私とユーリの隙間を見つけてすっぽり収まっているノアくんの頭を優しくユーリが撫でた。
「そうは言っても、周りにとっては俺はユーリらしい。いや、この国の第一王子か。何にしても、馬の骨を王子ともてはやしたりはしないだろうから、それで合っているのだと思う。だがそこに、国王の思惑が何かしらあったのかもしれないと、幼いながらに結論づけた」
それが記憶喪失だと、子どもの頃のユーリが思えなかったのは。
「俺は、愛された記憶がないから。王族というものが特殊なのかもしれない。単に、両親とも不器用だったのかもしれない。だが、どうにも愛されていると思えないから、必然的に自分が本当の子どもではないのではと思うようになった」
ユーリは、優しい人だ。
自分に経験がないのに、恵まれた環境にいるせいで妬むことも不平を言うこともできず。
それなのに、ノアくんも私も大切にしてくれる。
「ノアに同じ思いはさせたくない。愛された経験のない俺が欲しかったものを、ノアにあげられるかどうか……」
「してないよ。だって、ノアくんはここにいるもの」
「まあ、確かに “とと、いや” は減った」
プイッとすることはあっても、それはユーリの側か腕の中だ。
愛されていないと思っていたら、自分が大好きじゃなければ、なかなかできないことだと思う。
「それにしても、なぜ “とと”と “母様” なんだ」
納得がいかないとノアくんの頬を突いても、ノアくんは「?? 」を浮かべて首を傾げるだけだ。
「それに、私はあなたが好き」
親からの愛情と同じものはあげられない。
恐らくこれからも、ユーリがそれを手にすることはないのかもしれない。
「それとこれとは違うのも分かってる。それだけじゃ、ユーリの空白の部分は埋められないかもしれない。でも……愛されてはいる」
ユーリの人生の空白は、このままだと残り続ける。
でも、空白があっても幸せだと、思ってくれる時間を増やすことはできるかもしれないから。
ううん、私がいる間は、ちょっとでもそれでも楽しいと思ってもらえるようにする。頑張る。
「……そう、か。そうだった」
きっと、その後に戻ってきたエナは、ユーリのこともノアくんのことも愛していると伝えてくれると信じたい。
「お前に同じものを求めたりしない。両親もそうだが、エナのことも」
「……それは……」
「俺が愛しているのは、今のお前だ。……だから、どうかここにいてくれ」
少し強めに手首を引かれ、横にいるユーリの方へと傾く。
間に座っているノアくんとバッチリ目が合って、とても見てはいられなかった。
「……卑怯よ。それに、ここに来たのは私の意思じゃない。帰る時だってそうだと思う」
「分かってる。お前には身に覚えのない子どもを授かっておきながら、愛しているのはお前だけだと言ったって逆効果だし、最低だ。それならいっそ、有効的な方法を取るしかない。俺は、そうすると言った」
それは、ユーリのせいではないことも理解している。
こんなめちゃくちゃな状況を信じてくれただけでもすごいし、まさか好きになってもらえるなんて思わなかった。
(……帰りたくない、な)
言葉にできない独り言が、胸の奥でスッと馴染んでいく。
「ほら。ノアの “とと、めっ” がない。つまり、ノアも同意見だ。諦めろ。……いなくなるなんて、許さない」
「ここにいてほしい」と頼んだくせに、最後に命令して自分のせいにするユーリが好きだ。
(私を連れてきたのが、神様だか誰だか知らないけど)
――私、このままここにいたらいけませんか……?