資格マニアの私が飛んだら、なぜか隣にこどもと王子様が寝てました
Skill 5
先日のお菓子作り事件は、恐らくはいい意味で城内を騒がせた。
ノアくんが可愛いという当然の意見や、エナが意外と庶民的で親しみやすいとか――隙のない第一王子は、どうやら本当に妻を溺愛してるらしい、とか。
「こんなに、優しい王子を演じているのに。世論とは難しいものだな」
ユーリはそう嘆いたけど、きっと意識して演じているから胡散くさく、接しにくいのだと思う……ことを、やんわりと伝えておいた。
「お前が素を出しすぎるんだ。……気をつけろよ」
その後呆れたように頭をポンとされてしまったけれど、すぐに僅かに乱れた髪を愛しそうに整えてくれた。
「すごい人気ですな」
後日、いつものようにノアくんとお散歩をしていると、ふいに声を掛けられた。
「ヴァルモンド殿」
(しまった。逃げるのが遅れた)
サッと後ろにノアくんを隠すと、急に立ち止まってふらついた小さな身体を、その後方にいたレックスが支えてくれる。
「ノアが皆から好かれているのは、嬉しいことです」
せめて、この国の主要人物くらいは顔と名前を一致させるという、ユーリとの勉強が功を奏した。
できれば目が合う前に方向転換したかったが、見つかってしまったものは仕方ない。
「貴女様もでしょう、エナ様。皆、貴女を誤解していたかもしれないと噂をしていますよ。加えて、いろいろな技能までお持ちとは。語学が堪能でいらっしゃるのは存じておりましたが、さすがユーリ王子の妻となられる方だ」
「……ユーリ様は、素敵な方です」
政略結婚とはそういうことなのかもしれない。
でも、暗に愛し合っていないのだろうと言われるのは癪で、見当違いの返答しかできなかった。
(それにしても、やっぱりエナってすごい人なんだな……)
あまり突っ込まれると、ボロを出しかねない。
というか、エナと同じ振る舞いをするのは無理だ。
「そういえば、ノア様も読書を好まれていましたな。もう少し大きくなられたら、武術にも興味を示されるとよいのですが。いや、このところ物騒ですしね。もしくは、ご兄弟が誕生されるとか」
「……それは、ユーリ様へのご進言ですか」
「あ、いや。一般的に」
ふつふつと沸くものを感じながら、わざとらしく肩を竦めるレックスを無視する。
「一般的に、子どもに好みを強制することはできませんし、子作りを揶揄するなんて無礼極まりない。……ですが、自分の立場は分かっています」
「いえ、そんな他意は……」
「ユーリ様には伝えませんわ」
こんなこと、いちいちユーリの耳に入れられない。
それに、ここで「ユーリに伝えます」とでも言おうものなら、きっと見くびられる。
「俺が何と? 」
――そう思ったのに。
「まったく、君は俺が大好きだな」
どこから現れたのか、どこから聞いていたのか。
ユーリがひょっこり――と言うには、あまりにも威厳をもって登場した。
「……ノアもです」
「ああ、そう。ノアもだろうね。悪いな、ヴァルモンド。彼女は俺やノアのこととなると、大人しくはしていてくれない」
王子様モードのユーリが、愛しそうに私の頬を撫でる。
「……こちらこそ、誤解を招……」
「だが、俺は妃を失えない。そんな芽は早々に摘んでおかなければと……最近、特に思っている」
普段のユーリとは違う、より穏やかな口調。
それなのに、残酷なほど美しい笑みだと思うのは、その瞳がけして笑っていないからだ。
どこを見ていいのか分からずにいると、なぜかレックスと目が合った。
さっきのふざけた感じはどこへ行ったのか、至極真面目な顔で見つめ返された。
「どこを見ている。お前の夫はこっちだ」
もう、演技はいらないっていうのに。
ヴァルモンドがそそくさと逃げ出した後、そう言って私の顎を指で捕らえ、そっと自分の方へと戻す。
演技じゃない。
だって、口調が違うではないかと言うみたいに、額に唇まで落としながら。