アオハル・サーキュレーター




「目覚めたかい?」


背後。それもずっと近くで聞こえた。


振り返ると、そこに一人。それも想像よりももっと背後に、白髪の男、青い目の男が立っていた。


「まずはこれを飲むといい。落ち着くよ」


と男は俺の口元に錠剤のようなものを入れようとした。俺が顔を背けると、錠剤を入れようとした細い腕と細い指が止まった。


「大丈夫さ。モーマンタイ。ただの睡眠薬さ」


「睡眠……薬?」


「ああ、睡眠薬に『ただの』なんて、おかしな言い方だったね。精神科なんかでは抗不安薬。ある時は鎮痛薬にもなるし、解熱薬にもなる、そんな薬さ。ボクはね、これを万能薬と呼んでいて、常に常備してるんだ。おっと、ボクの話は今どうでもよかったね。ボクはどうも人見知りで、知らない人の前に立つと、いつもこうなんだ。饒舌になっちゃう。普通の人見知りとはちょっと違っているかもしれないね。でも、大丈夫さ。ボクはキミに何もしない……と言っても、今はこの薬は飲んでもらいたいんだけどね。ダメかい? 無理にとは言わないよ。でも、キミがあまりにも気持ち悪そうで、ボクは出ないと決めていたけど、居ても立っても居られず、ここに単独。来てしまったんだ。単独行動は慎むようにって、よくみんなから言われるんだけどね。でも、ボクの生き方は今も昔もずっとこんな感じさ。小学生の頃ね、理科で黒い紙を燃やす授業があったんだ。家から虫眼鏡。そうそう、授業で先生はそれを『ルーペ』と呼んでいたね。とにかく、全員持ってくるように言われてね。でも、キミ。考えてもごらんよ。イマドキ、家に虫眼鏡なんてあると思うかい? そりゃ、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に暮らしていたら、虫眼鏡くらいあるかもしれない。でも、ボクはおじいちゃんとおばあちゃんとは疎遠でね。特に、父方のおじいちゃんとおばあちゃんの記憶はないに等しいんだ。だって、ボクが生まれてきた時には、もういなかったからね。おじいちゃんは死んだって聞いてる。おばあちゃんはわからないんだ。父さんにも、母さんにもわからないんだ。ボクには『ある日、突然いなくなった』って言ってたっけ。まあね、とにかくそんな授業があって、ボクは虫眼鏡を持って行かなかったんだ。奇跡的に虫眼鏡は家にあったんだよ。だけど、ボクはあえて持って行かなかった。だって、黒い紙を燃やすだけなら、空き瓶でもよかったんだ。原理は虫眼鏡と同じだからね。それなのに、先生ったら、授業の前の日になって急に虫眼鏡を持ってこいって言うんだよ? おかしくないかい? それがボクにはとてもおかしいことに思えたんだ。だからあえて、ね。でも、それが先生に見つかるととても怒られるから、ボクは仮病を使って保健室に行ったんだ。身体測定や歯科検診くらいでしか行ったことがなかった保健室にね。保健室の先生は女の人で、とても優しかったのを覚えているよ。同級生は『色っぽい白豚だ』ってバカにしてたけどね。ボクはあんなに優しい保健室の先生のことをそんな風に言う同級生が許せなくって、ぶん殴ってやったんだ。生まれて初めて使った暴力だったよ。小学3年生の頃のことさ。幸いなことに学校は停学にならずに済んだよ。いや、そもそも義務教育に停学なんてものがあるのかどうか、ましてや小学生に停学なんてあったのかな? 微妙なところだよね。つまり何が言いたいかってことだけど、ボクは今日、人生で2回目の暴力を振るったんだ。キミを助けるために、キミをさらったやつらをぶちのめすためにね。だから、キミはボクのことを信用していいんだよ。ああ、ごめんね。また話が長くなってしまった。ボクの悪い癖さ」



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