今夜、上司と不倫します  不倫したら一億円もらえるって本当ですか!?
「断った場合、失敗した場合は会社を辞めて頂きます。私にはそれが可能ですから」
「そんな一方的な」
 専務の妻ともなれば、会社にも顔が聞くのだろう。
 話しを聞いた時点で……いや、目を付けられた時点で亜都に断る選択肢はなかったのだ。

「わかっていただけましたね」
 断ればクビ。失敗してもクビ。だが、成功したら父の工場も従業員も、自分も守ることができる。
 選ぶ道はひとつしかなかった。

「わかりました。ですが、税金とか処理した上でこちらの手取りが一億になるようにしてください」
「それくらいのことは致しますわ」
 清良はひとかけらの邪念もなさそうな笑顔で紅茶を口にした。



 翌日、出社した亜都は課長に呼ばれて急な人事異動を告げられた。秘書室への異動だ。昨日のうちに清良から言われていたから驚きはなかった。
 同僚は別れを惜しんでくれたが、亜都はそれどころではなかった。

 デスクの荷物を片付け、引き継ぎもできないままに秘書室に行く。
 秘書室のメンバーに紹介されたあと、専務の専属秘書の水木恭平(みずききょうへい)に給湯室でコーヒーを淹れさせられた。重役の給湯室はすべての設備や食器が高そうで、傷をつけたらと思うとひやひやした。

 怜也のカップは黒地に金と緑で幾何学模様が描かれていた。取っ手の金がボディの黒地との対比でより美しく映える。皿は中心から金線が伸びて黒から緑へのグラデーションとの対比でこれも美しかった。

 アールデコ時代のアンティークだと言われて、亜都の緊張は高まった。
 淹れたコーヒーをお盆に載せて、恭平について専務の執務室へ向かう。
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