あやめお嬢様はガンコ者
久瀬の心配
ーーーSide.久瀬---
「おはようございます、あやめさん」
翌朝。
8時ちょうどに再びあやめさんのマンションを訪れると、玄関のドアを開けたあやめさんは、子どものように拗ねた顔をしていた。
「……おはようございます」
俺を見るなりうつむき、ふくれっ面で渋々挨拶する。
いつも優しい笑顔を浮かべているあやめさんがこんな顔をするなんて、と俺は意外な一面を見た気がした。
「あやめさん、いつも8時半にはオフィスに着いてますよね?そろそろ向かいますか?」
「はい。少々お待ちください」
そう言うとあやめさんはリビングに行き、すぐにバッグを肩にかけて戻って来た。
「お待たせしました」
「いいえ。では、行きましょうか」
「はい」
並んで歩き出し、エレベーターへと向かう。
チラリと様子をうかがうと、あやめさんはほんの少し頬を膨らませ、唇を尖らせていた。
(なんか、可愛い)
思わず顔がニヤけてしまう。
昨日からあやめさんには驚かされてばかりだ。
夕べはあんなにも意地っ張りで、今朝はこんなにも可愛らしいとは。
だがすぐに気を引き締めた。
あやめさんを守るという目的を忘れてはいけない。
夕べ、あやめさんになんとしても危機感を持ってもらいたかったのには理由がある。
実は最近、会社の近くのカフェで気がかりなことがあったのだ。
いつものように昼休みに原口さんとコーヒーを飲んでいると、すぐ横のカウンターに座っている30代くらいの男性が妙に気になった。
スーツを着て背中を丸めながらコーヒーを飲んでいるその男性は、一見どうってことない会社員に見えるが、なぜだか背後の俺達の会話に耳を傾けている気がしたのだ。
それにどこかで見かけたことがある。
どこだろう?と考えて、あ!と思い出した。
俺が担当している総合病院で、廊下を歩きながら軽くあしらう院長に追いすがり、必死に薬を取り入れてもらおうとしていたライバル会社のMRだ。
「院長!ぜひともお願いします!」と大きな声で注目を浴びていたから、俺も印象に残っていた。
そんな人がどうしてこのカフェに?
あの会社は、ここからはかなり距離があるはず。
たまたま営業先がこの近くだったとか?
いや、この周辺にそれらしき病院はない。
それになぜ俺達を意識している?
「久瀬?どうかしたか?」
原口さんに声をかけられ、俺は「何でもないです」と答えた。
そうだ、どうってことない。
単なる偶然だろう。
そう思い込むことにした。
だがしばらくして、またしてもそのカフェで同じ男性を見かけた。
嫌な予感が沸々と湧いてくる。
3度目に見かけた時に、疑惑は確信へと変わった。
この男性は、俺達ふたば製薬の社員の会話を盗み聞きしている。
恐らくうちの会社を陥れる方法がないかと探っているのだろう。
もちろん我が社の社員は、社外で機密事項を安易に話すようなことはしないし、互いに気を緩めないよう日頃から声をかけ合っていた。
だが機密事項以外なら?
例えば、そう。
あやめさんの話題とか。
社長令嬢なのにいい人だよね、くらいの会話は、俺も社内で時々耳にする。
もしこの男性が、この内容の会話を聞いていたとしたら?
そう考えた途端、背筋がヒヤリとした。
部長に相談して社長に伝えてもらおうか、とも思ったが、まだ決めつけるには時期尚早な気もする。
もう少し様子を見るか、と思っていた矢先に、昨夜のあやめさんとのあの電話だ。
まさかあやめさんがひとり暮らしをしていたなんて。
俺は居ても立ってもいられないほど、あやめさんが心配になった。
ついついキツイ口調で声を荒らげてしまい、電話の向こうであやめさんの声が震えているのが分かると、しまったと顔をしかめた。
すぐにでも泣いているあやめさんのそばに駆けつけなければと。
「おはようございます、あやめさん」
翌朝。
8時ちょうどに再びあやめさんのマンションを訪れると、玄関のドアを開けたあやめさんは、子どものように拗ねた顔をしていた。
「……おはようございます」
俺を見るなりうつむき、ふくれっ面で渋々挨拶する。
いつも優しい笑顔を浮かべているあやめさんがこんな顔をするなんて、と俺は意外な一面を見た気がした。
「あやめさん、いつも8時半にはオフィスに着いてますよね?そろそろ向かいますか?」
「はい。少々お待ちください」
そう言うとあやめさんはリビングに行き、すぐにバッグを肩にかけて戻って来た。
「お待たせしました」
「いいえ。では、行きましょうか」
「はい」
並んで歩き出し、エレベーターへと向かう。
チラリと様子をうかがうと、あやめさんはほんの少し頬を膨らませ、唇を尖らせていた。
(なんか、可愛い)
思わず顔がニヤけてしまう。
昨日からあやめさんには驚かされてばかりだ。
夕べはあんなにも意地っ張りで、今朝はこんなにも可愛らしいとは。
だがすぐに気を引き締めた。
あやめさんを守るという目的を忘れてはいけない。
夕べ、あやめさんになんとしても危機感を持ってもらいたかったのには理由がある。
実は最近、会社の近くのカフェで気がかりなことがあったのだ。
いつものように昼休みに原口さんとコーヒーを飲んでいると、すぐ横のカウンターに座っている30代くらいの男性が妙に気になった。
スーツを着て背中を丸めながらコーヒーを飲んでいるその男性は、一見どうってことない会社員に見えるが、なぜだか背後の俺達の会話に耳を傾けている気がしたのだ。
それにどこかで見かけたことがある。
どこだろう?と考えて、あ!と思い出した。
俺が担当している総合病院で、廊下を歩きながら軽くあしらう院長に追いすがり、必死に薬を取り入れてもらおうとしていたライバル会社のMRだ。
「院長!ぜひともお願いします!」と大きな声で注目を浴びていたから、俺も印象に残っていた。
そんな人がどうしてこのカフェに?
あの会社は、ここからはかなり距離があるはず。
たまたま営業先がこの近くだったとか?
いや、この周辺にそれらしき病院はない。
それになぜ俺達を意識している?
「久瀬?どうかしたか?」
原口さんに声をかけられ、俺は「何でもないです」と答えた。
そうだ、どうってことない。
単なる偶然だろう。
そう思い込むことにした。
だがしばらくして、またしてもそのカフェで同じ男性を見かけた。
嫌な予感が沸々と湧いてくる。
3度目に見かけた時に、疑惑は確信へと変わった。
この男性は、俺達ふたば製薬の社員の会話を盗み聞きしている。
恐らくうちの会社を陥れる方法がないかと探っているのだろう。
もちろん我が社の社員は、社外で機密事項を安易に話すようなことはしないし、互いに気を緩めないよう日頃から声をかけ合っていた。
だが機密事項以外なら?
例えば、そう。
あやめさんの話題とか。
社長令嬢なのにいい人だよね、くらいの会話は、俺も社内で時々耳にする。
もしこの男性が、この内容の会話を聞いていたとしたら?
そう考えた途端、背筋がヒヤリとした。
部長に相談して社長に伝えてもらおうか、とも思ったが、まだ決めつけるには時期尚早な気もする。
もう少し様子を見るか、と思っていた矢先に、昨夜のあやめさんとのあの電話だ。
まさかあやめさんがひとり暮らしをしていたなんて。
俺は居ても立ってもいられないほど、あやめさんが心配になった。
ついついキツイ口調で声を荒らげてしまい、電話の向こうであやめさんの声が震えているのが分かると、しまったと顔をしかめた。
すぐにでも泣いているあやめさんのそばに駆けつけなければと。