あやめお嬢様はガンコ者
(何だろう?あとで連絡しますって。あとって、いつ?連絡って、プライベートのアカウントにかしら)
ランチを終えてデスクに戻っても、私はソワソワと落ち着かなかった。
けれど仕事中だと気持ちを切り替え、業務に集中する。
終業時間を過ぎ、キリのいいところで作業を終えると、挨拶をして帰路につく。
チラリとスマートフォンを確認するが、何も通知はなかった。
ホッとする気持ちとなんだかガッカリする気持ちをちょうど半分ずつ抱えながら電車に乗り、ひとり暮らしのマンションへと帰って来た。
スマートフォンをテーブルに置き、チラチラと気にしながら夕食の支度をする。
料理が出来上がっても何も連絡はない。
気にせず食べようと、いただきますと手を合わせた。
パクリと煮物を頬張った時、いきなり電話の着信音が鳴って、私は驚きのあまりゴクッと里芋を丸飲みしてしまった。
「ごほ!えっ、電話?連絡ってメッセージじゃなかったの?」
慌てて表示を見ると、やはり久瀬くんからだった。
「ど、どうしよう。電話なんてそんな、心構えが……」
アワアワと妙な動きをしたあと、意を決して通話ボタンをタップした。
「はい、小泉です」
『もしもし、久瀬です。あやめさん、もうご自宅ですか?今お話ししても大丈夫でしょうか』
「はい。帰宅しましたので大丈夫です」
『近くにご家族とかいらっしゃいますか?それだと少し話しにくくて』
「いえ、ひとり暮らしですから問題ありません」
えっ!と電話の向こうで驚く声がする。
『あやめさん、ひとり暮らしなんですか?』
「ええ、そうです。お見合いのあとは実家に帰りましたけど、普段はマンションに住んでいます」
『本当に?危なくないですか?』
「はい。女性のひとり暮らしは現代では珍しくありませんし、ここはセキュリティーも整ったマンションですから」
『ですがあやめさんは社長令嬢ですよ?よくお父上が許可されましたね』
「久瀬くん、社長の娘なんてこの世にごまんといます」
『いやいや、だって、ふたば製薬の社長令嬢ですよ?身代金目的に誘拐されたらどうするんですか?』
「そんなドラマみたいなこと、ある訳が……」
何言ってんですか!と思いのほか大きな声がして、私は思わずビクッと身体をこわばらせた。
『あやめさん、インターネットに対しての危機感はエベレスト級なのに、どうして実社会ではそんなに警戒心ないんですか?社長も社長です。あやめさんの身に何かあってからでは遅いんですよ。結婚の話より、まずはそこを話し合うべきでしょう?』
「はい、ごめんなさい」
いつも温厚で優しいイメージしかなかった久瀬くんから、こんなにも強い口調で言われたことがショックで、知らず知らずのうちに声が震えてしまう。
じわりと涙が込み上げてきて、必死に堪えた。
『あやめさん?もしもし?』
「あ、はい」
『……もしかして、泣いてる?』
「いえ、そんなことは」
そう答えた時、涙がポロポロと溢れ出した。
グッと唇をかみしめて声を押し殺していると、電話の向こうで久瀬くんが小さくため息をついたのが分かった。
『すみません、俺のせいですね。言い過ぎました』
「違うの!あの、本当に泣いてませんから。こんなことくらいで泣くなんて、そんな情けないことは……」
『まだ言い張るなんて。あやめさんって、結構ガンコ者ですよね』
「いえ、違います」
『ふふっ、やっぱりガンコだ』
うぐっと言葉を呑み込んで、必死に涙を拭う。
『あやめさん、住所を教えてください。今からそっちに行きます』
「え?何をしに?」
『あやめさんがほんとに泣いてないか、確かめに』
「どど、どうして?だから泣いてなんかいません!」
『じゃあ確かめに行ってもいいでしょ?住所教えてください』
「そ、それは……」
『やっぱり泣いてるから教えられないんだ』
「違います!」
『じゃあどうぞ?東京都、なに区?』
えっと、と私はつい住所を口にしてしまった。
『今からタクシーで向かいます。20分くらいで着くと思いますから。じゃあ』
そう言ってプツリと通話は切られた。
ランチを終えてデスクに戻っても、私はソワソワと落ち着かなかった。
けれど仕事中だと気持ちを切り替え、業務に集中する。
終業時間を過ぎ、キリのいいところで作業を終えると、挨拶をして帰路につく。
チラリとスマートフォンを確認するが、何も通知はなかった。
ホッとする気持ちとなんだかガッカリする気持ちをちょうど半分ずつ抱えながら電車に乗り、ひとり暮らしのマンションへと帰って来た。
スマートフォンをテーブルに置き、チラチラと気にしながら夕食の支度をする。
料理が出来上がっても何も連絡はない。
気にせず食べようと、いただきますと手を合わせた。
パクリと煮物を頬張った時、いきなり電話の着信音が鳴って、私は驚きのあまりゴクッと里芋を丸飲みしてしまった。
「ごほ!えっ、電話?連絡ってメッセージじゃなかったの?」
慌てて表示を見ると、やはり久瀬くんからだった。
「ど、どうしよう。電話なんてそんな、心構えが……」
アワアワと妙な動きをしたあと、意を決して通話ボタンをタップした。
「はい、小泉です」
『もしもし、久瀬です。あやめさん、もうご自宅ですか?今お話ししても大丈夫でしょうか』
「はい。帰宅しましたので大丈夫です」
『近くにご家族とかいらっしゃいますか?それだと少し話しにくくて』
「いえ、ひとり暮らしですから問題ありません」
えっ!と電話の向こうで驚く声がする。
『あやめさん、ひとり暮らしなんですか?』
「ええ、そうです。お見合いのあとは実家に帰りましたけど、普段はマンションに住んでいます」
『本当に?危なくないですか?』
「はい。女性のひとり暮らしは現代では珍しくありませんし、ここはセキュリティーも整ったマンションですから」
『ですがあやめさんは社長令嬢ですよ?よくお父上が許可されましたね』
「久瀬くん、社長の娘なんてこの世にごまんといます」
『いやいや、だって、ふたば製薬の社長令嬢ですよ?身代金目的に誘拐されたらどうするんですか?』
「そんなドラマみたいなこと、ある訳が……」
何言ってんですか!と思いのほか大きな声がして、私は思わずビクッと身体をこわばらせた。
『あやめさん、インターネットに対しての危機感はエベレスト級なのに、どうして実社会ではそんなに警戒心ないんですか?社長も社長です。あやめさんの身に何かあってからでは遅いんですよ。結婚の話より、まずはそこを話し合うべきでしょう?』
「はい、ごめんなさい」
いつも温厚で優しいイメージしかなかった久瀬くんから、こんなにも強い口調で言われたことがショックで、知らず知らずのうちに声が震えてしまう。
じわりと涙が込み上げてきて、必死に堪えた。
『あやめさん?もしもし?』
「あ、はい」
『……もしかして、泣いてる?』
「いえ、そんなことは」
そう答えた時、涙がポロポロと溢れ出した。
グッと唇をかみしめて声を押し殺していると、電話の向こうで久瀬くんが小さくため息をついたのが分かった。
『すみません、俺のせいですね。言い過ぎました』
「違うの!あの、本当に泣いてませんから。こんなことくらいで泣くなんて、そんな情けないことは……」
『まだ言い張るなんて。あやめさんって、結構ガンコ者ですよね』
「いえ、違います」
『ふふっ、やっぱりガンコだ』
うぐっと言葉を呑み込んで、必死に涙を拭う。
『あやめさん、住所を教えてください。今からそっちに行きます』
「え?何をしに?」
『あやめさんがほんとに泣いてないか、確かめに』
「どど、どうして?だから泣いてなんかいません!」
『じゃあ確かめに行ってもいいでしょ?住所教えてください』
「そ、それは……」
『やっぱり泣いてるから教えられないんだ』
「違います!」
『じゃあどうぞ?東京都、なに区?』
えっと、と私はつい住所を口にしてしまった。
『今からタクシーで向かいます。20分くらいで着くと思いますから。じゃあ』
そう言ってプツリと通話は切られた。