(二)この世界ごと愛したい



酒場の外から、建物目掛けてハルが叫ぶ。


眠いなりにハルが呼んでる。



…それだけは分かった。





「…は、る。」



その声の方へ。


とにかく行きたい。



何も考えず、私は窓に手を掛ける。


窓からその姿を捉える。




捉えたので。





「ハルっ…!」



私は窓からその愛しい姿に飛び込む。



ふわりと風が吹いて、私はハルの中に吸い込まれるように堕ちるだけ。





「っただ、いま。」


「ああ。おかえり、リン。」




ハルが戦から帰って来た時。


決まって私は“ただいま”を伝える。




それは、外に出られなかった頃の私が。


自分ばかり“おかえり”を言うのが嫌だと言ったことが発端で。



それならばハルは、自分の腕の中に私が帰って来た時に“ただいま”を言って欲しいと私に頼んだ。





「辛かったろ。」


「っ…。」


「ん?」


「だい、じょうぶ。」



しっかり私を抱き締めていたハルの腕が緩む。




「おいおい、ふざけんなよ。」


「…?」


「お前の弱音も受けきれねえ程度の男か俺は。」



大丈夫だと言うと、ふざけるなと言われる。





「俺の価値を、よりにもよってお前が下げてくれるなよ。」



そう言ってまた抱き締め直したハル。


その腕の中で、私は小さく自発的に息を吸った。




…思い知らされる。



私は結局、この場所でしか生きられない。


ここが唯一、呼吸が出来る場所だと知っているから。






「苦しかった…けど、治った。」


「…なら良い。」



私もハルを抱き締める腕に力を込める。





「お前は何でそんなに可愛いんだよ。」


「…うん。」


「うんって言うのかよ。」


「…うん。」



それしか今は喋れないんだよ。


嬉しくて嬉しくて。安心しきった私は、下手に言葉を紡いでしまえば涙が溢れ出しそうで。





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